米トランプ大統領がロシアのプーチン大統領と、ウクライナ侵攻の停戦に向けた交渉を始めるという。戦争以降、ロシアの航空業界は西側諸国からの制裁で旧ソ連時代に逆戻りしていたようだ。前代未聞の飛行機「借りパク」事件により、最大1.2兆円の損害も発生している。この3年間の航空業界への影響を振り返りつつ、羽田空港のロシア枠再開の是非を問いたい。(ライター 前林広樹)
「北朝鮮の次に行きにくい国」
ロシア個人旅行ブームの矢先に...
2022年2月24日に始まったロシア軍によるウクライナ侵攻。折しも戦争が始まる約2年前、日本の航空業界は大きな変化を迎えていた。羽田空港の国際線発着枠が、インバウンドの受け入れ強化などを狙って大幅に拡大したのだ(20年3月末)。
これに伴い、ロシア側に1日2便、日本側に1日2便が配分された。ロシア側はアエロフロートがモスクワ線を成田発着から羽田発着に移管し、S7航空が羽田~ウラジオストク線を開設。日本側はJALがモスクワ線を成田から羽田に移管し、ANAが羽田~モスクワ線を開設した(ただしコロナ禍の影響で就航を延期し、現在も未就航)。
かつてロシアは「北朝鮮の次に行きにくい国」と言われるほどだった。入国するには旅行代理店で全日程のホテルと交通機関を予約し、支払済証明書をロシア大使館に持参してビザを発行してもらう必要があったからだ。
しかし15年以降は要件が徐々に緩和され、旅行しやすくなった。特にウラジオストクなどロシアの太平洋側・沿海州は無料の電子ビザが発行されるようになり、ロシア東沿岸部を訪れる日本人は2万438人と倍増(18年、対前年比較)した。
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ロシア人訪日客も約12万人(19年、対14年比較)と倍増。双方の観光客が増えたことで、日本〜ロシアの路線開設が相次いだ。20年夏ダイヤでANAとJALが成田~ウラジオストクに就航し、S7航空はハバロフスクやノヴォシビルスクからも飛ぶようになった。
ちょっとしたブームになっていた日本~ロシアの個人旅行。それを一変させたのが、ウクライナ侵攻だ。欧州諸国はロシアの航空会社の領空通過を禁止し、米国とカナダもこの動きに追随した。
日本では、ANAもJALも安全確保のためシベリア上空通過を避ける航路に変更し、ロシア線を運休した。アエロフロートやS7航空も日本路線を運休。羽田空港のロシア枠は全く使用されなくなった。
ロシア航空業界の右往左往
整備部品を使い回しでソ連時代に回帰
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経済制裁を受けるロシアは、飛行機や整備用部品の調達が自由にできなくなった。旧ソ連時代は「ツポレフ Tu-154」や「イリューシン IL-62」など独自開発機を運航していたものの、冷戦終結以降は米ボーイングや仏エアバスの機材にシフトしてきた。しかし、整備部品を入手できなければ安全運航に支障をきたす。
航空機をきちんと整備せず使い続けるとどうなるか。一例として、西側諸国からの制裁で航空機とその部品が調達できなかったイランでは、老朽化した航空機による事故が多発した。英BBCによると、イランでは1990年~2015年の25年間で航空事故は200回以上起こり、2000人以上が死亡したという。
ロシアでは今、“闇ルート”をはじめ中国やインド、トルコなどにいるブローカーの活用、エアラインが自ら部品製造に乗り出すなど、なりふり構わぬ手段で部品を入手している。極め付けは、飛行機を解体して利用可能な部品を使うことだ。旧ソ連時代にもそうして部品を融通し合う習慣があったという。