「二宮さんも今回で入院は5回目だと、言っていましたよね」。入院患者の中には奥野や二宮のように、何回も入退院を繰り返す人が多い。

「医者の前ではもう一生、飲みませんって言うけどさ、この病気はウソつき病だからさ」。二宮は照れたように愛嬌のある笑顔で言う。

「入院して体調がよくなった。シャバに出たら酒がうまいぞなんて考えている連中はたくさんいるのよ」。自分もそうだと言わんばかりに二宮の口調は明るい。

「外泊のときに気をつけるのは、酒は午後9時で切り上げろ。そうすれば次の日、病院に戻ったときの検査で、酒を飲んだことが医者にばれずにすむからな」。

 二宮のアドバイスに浩二は違和感を覚えつつも、うなずいていた。

アルコールが見せる幻覚
痩せぎすの男と目が合う恐怖

 浩二が再び久里浜医療センターに入院したのは、退院してから5カ月後だった。前は3カ月だったが、今回の入院は3週間である。

 まずは解毒治療だが、1週間も酒を断ち点滴を打てば手の震えも発汗も治まった。お酒を飲んでないのだから、背中の痩せぎすの男が現れることもなくなった。

 入院患者には気の合う人間が多い。前の入院で同室だった二宮の顔もあった。浩二と二宮の再入院が重なったのだ。

「いやいや久しぶり、お帰りなさいだな」「二宮さんだって今回が7回目のお帰りなさいでしょう」「6回目だよ」と、小柄で小太りの二宮は人懐こい笑顔を浩二に向けた。

 以前より顔のしわが多くなり、老けた印象である。

「先生に言うと、頭がおかしくなったのかと思われそうで……」。アルコール依存症の二宮ならわかってくれるだろうと思い、浩二は背中から離れなかった「にやけたどす黒い顔の男」(編集部注:浩二は、お酒が入ると痩せぎすのどす黒い顔の男が背中に張り付くようになっていた。振り返ると浩二を見てニヤッとする。この男と目が合うのが怖くて更に酒をあおっていた)のことを彼に告げた。

 すると二宮は笑い声を上げて、「それは幻覚だよ」と答える。

「あんた幻覚見るのははじめてかい。アルコール依存症の連中は、たいてい幻覚と仲良しだよ。オレなんか酒が入ると、いろんな動物が出てくるんだよ。サルにウシにゴリラにチンパンジー。ライオンが出てきたときは怖いけどな」。二宮の幻覚は何やら動物園にいるようで楽しそうだ。

 だが、入院患者の中には無数のネズミが床中を這っているとか、壁一面にゴキブリが張り付いているとか、身の毛がよだつ幻覚を見る人も珍しくない。