酒は手の震えを止める
薬のようなものという思考
解毒治療が一段落するとグループに分かれ、病院のプログラムに沿ってお互いに飲酒での失敗の体験を話し合うミーティングが繰り返される。
アルコール依存は飲酒を止められない脳の病気。依存症の寛解には断酒しか方法がない。これらを繰り返し教え込まれたが、浩二は依然、自分がアルコール依存症という自覚がない。
「身体にはよくないだろうが、酒は親友みたいなもので。その気になればオレは酒をやめられるさ」。二宮が口にするそんな言葉に、自分もそうだとうなずける。
「医者には、酒をやめないと肝硬変になるって言われたけど、オレにとって酒は手の震えを止める薬のようなものだ」。
肝臓は「沈黙の臓器」である。肝臓の数値を表すγGTPの数字は、正常なら50以下だが、二宮は1000を超えるという。だが、その口調はどこか他人ごとのようだ。
「退院してシャバに出たらオレ流にやって、身体の調子が悪くなったら、また入院すればいいだけのことさ」と、二宮は頭を掻きながら人懐こい笑顔を浩二に向けた。
入院患者は浩二と気の合う連中ばかりだ。嫌なことつらいことを人に言えず、趣味にストレスのはけ口を見出すこともできず、引き金を引くように酒をガッとあおる。
浩二にはそんな気持ちがよくわかる。2回の入院を通して浩二は60人以上の患者仲間と携帯電話の番号を交換した。
食道動脈瘤破裂で大量出血
肝硬変の悲惨さ
今度は浩二自ら、入院を決めた。なぜ自分から入院を決めたのか。浩二は言う。
「完全に脳がいかれていると思ったんですよ。嫌なことがあると、引き金を引くように酒に手が出る。酒が入ると幻覚が出てくる。どんなに根性で酒を止めよう、ケジメをつけようと歯を食いしばってもダメだ。正直言ってオレ、死にたくなかったんですよ」
久里浜医療センターで、心安くしていた二宮とは退院後も時々、連絡を取り合っていた。ところが1カ月ほど前、二宮のスマホにショートメールを送ったが連絡がない。
電話をすると奥さんが出て、「今、入院中です。もう意識はありません。電話にも出られません」と、言葉少なに告げられた。何かあったら電話してほしいと伝えたが、それ以来、連絡はない。