長期間の大量飲酒が引き起こす代表的な疾病は肝臓病で、悪化すると肝硬変に陥る。小太りに見えた二宮は、肝硬変で腹水が溜まっていたのかもしれない。

 末期は黄疸が出て、食道動脈瘤破裂で大量出血。自分がどこにいるのかわからない。尿や便をたれ流し、意識が混濁し認知症のようになって死に至る。そんな肝硬変の悲惨さは、医師に散々聞かされていた。

 病院の前の海岸をジョギングしていた奥野の死を聞いたのも、1カ月ほど前だった。

 仕事からの帰宅の途中で酒を飲み、ホームから転落して電車に轢かれ、即死したと携帯電話の向こうの奥さんは淡々とした口調で語った。

 日焼けした30代半ばの奥野の笑顔が浮かび、自殺かもしれないとの疑念が浩二の脳裏を過った。アルコール依存症者は自死が多いのだ。

脳が破損した精神の病
脱出する道は断酒のみ

 自殺にこれといった理由などない。飲酒が止まらない。飲んで落ち込みの暗い淵に浸っているときに、ふと来た電車に吸い込まれるように飛び込んでしまう、そんな衝動は浩二にもわかる。

 奥野の死を知ってショックを受けた浩二は、アルコール病棟等で電話番号を交換した六十数名のアルコール依存症の知り合いにメールを送る。

 返信があったのが、約半数。15人ほどは音信不通だった。

 10人ほどは奥さんや身内から本人の死亡を伝えるメールや電話が入った。その多くが自死だ。鉄道自殺、ビルからの飛び降り自殺、首吊り自殺。

 浩二は言う。「アルコール依存症は死ぬ病気なんです。死ぬ確率が非常に高い」。

 アルコール依存症の患者の平均寿命は、52歳と言われる。命にかかわる疾病なのだ。4回目の入院はそのことを強く意識した。

 今回も入院期間は3週間だが、解毒治療と並行して、アルコール依存症からの脱却プログラムに熱心に取り組んだ。

「アルコール依存症は脳が破損した精神の病。脱出する道は断酒のみ」。入院中はこの言葉を刷り込むように、何千回も自分の中で反芻した。

 アルコール依存症者の中には、酒を断つことなどできない、好きなものを思う存分飲んで死ぬのなら、それもしょうがないという考えの人も少なくない。だが浩二は生きたかった。

 もう一生酒は口にしないぞ――

 4回目の退院のときの浩二の決意は、これまでになく強かった。