「予約はしないと駄目だよね。もしかしたらねじ込めるかも知れないけれど、今日は月末近いから、他の支店からの予約でいっぱいなんじゃないかな。こちらの事情を丁寧にご説明して、後日の予約を取って改めてご来店いただいて下さい」
「分かりました。説明してみます」
なんで送金できないのよ!
ひとりの命がかかってるんだから!
しばらくすると、小野さんがインカムを使わずに私のデスクに駆けつけてきた。
「ダメです。全くこちらの話を聞いてもらえません。ヒステリックになっていてもう手がつけられません。課長、お願いします。応接にお通ししています」
やれやれ…。応接室をノックし入室すると、長髪でワンピース姿の女性が腕を組み、明らかに不機嫌そうに座っていた。名刺を渡すと開口一番、
「ひどいじゃない。なんで送金できないのよ!ひとりの命がかかってるんだから!」
「い、命ですか?どういうご事情でしょうか?」
「私がお金を送ってあげないと、ダメなのよ!何でできないのよ」
「先ほど命と仰いましたが、場合によっては警察などにご相談した方が…」
「大きなお世話よ!早く手続きして!」
「どなた様への送金でしょうか?」
手続きが進むと思ったのだろうか。彼女は慌てて、黒革のトートバッグからA4のコピー用紙を取り出した。家庭用のプリンターで出力したようだ。一瞥すると、全文英語が並び一目では訳せそうにもないが、Facebookのメッセンジャーで送られてきたものと見受けられた。
「恥ずかしながら英語があまり得意ではございません。翻訳アプリを使ってもよろしいでしょうか」
「勝手にしなさいよ」
訳された文章を読む。どうやら相手はシリアに駐留する 米軍の男性兵士。来月バカンスをとれるので日本に行き、この女性と会いたい。その渡航費と、弟が末期がんでホスピスに入居するための費用を援助してほしいというのが内容だった。限りなくロマンス詐欺の手口と思われる。