元「チャットモンチー」ドラマーの作家&作詞家・高橋久美子さんの新刊『いい音がする文章』は、さまざまな名曲の歌詞の素晴らしさや味わい方を紹介しているパートがあります。
本記事では、松本隆さん作詞『木綿のハンカチーフ』について言及した部分を紹介します。(構成・写真/ダイヤモンド社 今野良介)

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いつ、どこで、誰が語っているか?

どのジャンルの文章にもいえることだけれど、いつ、どこで、誰が語っているかは、実際には書かないにしても設定として持っておいたほうがいい。

「私」が語っていたのに、いつの間にか第三者が語りだすとこんがらがるし、過去、現在が何回も変わるというのも、文字数の限られた歌詞においてはとても技術のいることだ。

松本隆さんの代表作のひとつ『木綿のハンカチーフ』は、「いつ、どこで、誰が」が何度も入れ替わる構成だ。

『木綿のハンカチーフ』の歌詞(「歌ネット」)
https://www.uta-net.com/song/4548/

全編が彼と彼女の交互のセリフでできていて、場所も都会と田舎が交互に出てくる。さらに時間の経過もあり、実はかなり難解な作りだ。

だけど、そう思わないのは、ミュージカルのようにAメロ(彼氏)、Bメロ(彼女)と曲も展開し、人物設定や時間経過もしっかりわかりやすい構成だからだ。

語り手が男女二人なのに、女性(太田裕美さん)がひとりで歌うというのが肝だ。

この曲のすごいのは、悲壮感がないこと。歌詞だけを取り出して見ると、田舎出身の自分としてはなかなか辛いものがある。男女のデュエットだったなら情感が出すぎて男性は反感をかっただろう。

あえてポップな曲調にしたのも、そういう理由があるのではないかな。地方と中央の距離感が今よりずっとあった、昭和という時代を象徴する歌詞だなと思う。

この曲のタイトルの意味を最後に知ったとき、身震いしませんでしたか?

“涙拭く木綿のハンカチーフください”
松本隆・作詞『木綿のハンカチーフ』より

化学繊維が流行った時代に、「木綿」という一語で田舎の女性の純朴さや強さすべてを暗示してしまう、さすがとしか言いようのない歌詞だ。

化繊よりも木綿のほうがよく水を吸うという点でも上手いなぁと思った。

一方で、都会の男性が田舎の女性を想像するとき、また、田舎の女性が都会の男性をイメージするとき、この曲を思い出す人も多かったのではないか。

時代が歌詞を生み出すと同時に、歌詞が時代を作ってきたとも思うのだ。

(おわり)