かつて日本サッカーには、圧倒的なスピードや独創的な攻撃センスを持つ「一点突破型」の選手が多くいた。しかし、近年は個の才能よりも戦術理解やハードワークが求められ、自由な発想を持つ選手が育ちにくくなっている。その背景には、遊び場の減少や「減点法式」の指導がある。型にはめる育成が続けば、日本サッカーの未来はどうなるのだろうか?いまいちど、個性を活かすための指導の在り方を考えなければならない。※本稿は、中村憲剛『才能発見「考える力」は勝利への近道』(文藝春秋)の一部を抜粋・編集したものです。
スピード型選手が減った理由
自由な遊び場が生む発想力
同点で迎えた試合の終盤に、ずば抜けて足の速い選手が途中出場で入ってきたら?

対戦相手にとっては厄介でしょう。その選手が技術に難があったとしても、スピードで振り切られて失点につながるシーンを作られてしまう可能性があるからです。
レーダーチャートのひとつが突出している「一点突破型」とでも言うべき才能が、かつてはいたと聞きます。21世紀の今よりも多くいた、と。
なぜ、減ってしまったのでしょう。
色々な理由が考えられます。
僕がサッカーを始めた1980年代の日本では、小学校の校庭でも、近所の公園でも、ボールを蹴ることができました。公園にゴールはないので木と木の間にボールを通したら1点とか、周りで遊んでいる子どもたちにボールが当たらないようにするとか、「与えられた条件のなかでどうしたら楽しくサッカーができるのか」を、自分たちなりに工夫していました。ブラジルの子どもたちが、ストリートサッカーに興じるのに似ていたかもしれません。
サッカースクールではないので、コーチはいません。大人がいるとしても誰かのお父さんかお母さんで、見守りのような立場なので「ああしなさい、こうしなさい」と言われることはない。今振り返ってみると、「自分たちなりの工夫」は「考えてサッカーをすること」だったのだろうと感じます。みんなでアイデアを出し合うのはストレスではなく、想像力をかき立てられるものでした。
公園は禁止、校庭も開放せず
「ボール遊び」が難しい時代
2024年現在の子どもたちは、どんな環境でボールを蹴っているのか。
小学校の校庭や近所の公園には、使用するにあたって様々なルールがあります。校庭の開放には自治体ごとにルールがあり、開放していない小学校もあります。
公園は「ボール遊び禁止」のルールを設けているところが多くあります。そうした制限は、他でもない子どものためなのでしょう。しかしながら、日が暮れるまで思い切りボールを蹴ることは、とても難しい環境です。