仮に株主の利益を増やすのに経営者が貢献したとしても、すでに約束されている何億円分もの報酬に上乗せし、追加の分け前を得るのが当たり前である現実にも、私はずっと違和感を抱いてきた。世界経済フォーラム(WEF)の創設者クラウス・シュワブにオンラインでインタビューしたとき、彼の例え話に思わず膝を打った。

江渕崇 著
「私が手術を受けるとして、執刀医がこう言ったらどうだろう。『あなたの将来は私の腕にかかっているのだから、あなたの今後の収入の5%を報酬として私にくれ続ける場合に限って、最善を尽くします』。だれもが非倫理的で許せないと言うはずだ」
「今の経営者もこれと同じだ。『給料に加えて、利益の分け前もくれるのならば、ベストを尽くします』と言っているようなもの。それなのに、なぜか非倫理的だとはみなされていない。経営者という職業に、本来のプロフェッショナリズムを取り戻さなければ。自らの資本をリスクにさらす株主とは、明確に区別されるべきだ」
株主価値こそ至上──。フリードマン・ドクトリンを一つの起点として、そううたわれてきたアメリカの株主資本主義。しかし、現実には「株主第一」ですら隠れ蓑に過ぎなかった。株主の資産をも食いつぶす、プロフェッショナリズムと倫理を忘れた経営者の専横に堕していたのではないか。
ボーイングが招いた危機(編集部注/安全性より利益を優先したボーイングは2018年、2019年に連続墜落事故を起こした)は、歴代経営者によって乗っ取られたゆがんだ株主資本主義の末路であった。