日本発のCSVモデルを
世界に発信する
新著の中では、守破離という進化のリズムを実装する企業としてダイキン工業、キーエンス、カネカ、オイシックス・ラ・大地、中川政七商店などの例を引き、「利他心」「人基軸」「編集力」の3つを共通点として挙げています。このうち利他心と人基軸は馴染みがある半面、ややもするときれい事に終わりかねません。特に「利他心」は、近江商人の「三方よし」に象徴されるように長らく日本の商人道の基軸とされてきましたが、経済価値と社会価値を高い水準で両立しているCSV企業は限られています。どこに課題があると思われますか。
私は、三方よしの「順番」がとても大事だと思っています。まずは売り手、つまり社員一人ひとりが組織としての志(パーパス)を自分事化し、ワクワクしながら働く。それが商品やサービスとなって買い手の共感を呼び、その結果、社会がよりよいものになる。この三方よしが真に実現されているなら、おのずと事業はスケールアップするはずです。
逆に、いくら社会によい影響を与えていると思っていても経済価値が伴わないのであれば、それは自己満足にすぎません。二宮尊徳は「道徳なき経済は罪悪であり、経済なき道徳は寝言である」と喝破しましたが、経済価値をつくる力の弱さが多くの日本企業の課題です。SDGsで社会価値を高めても満足な利益が得られなければ、それは株主に対する背任行為にほかならないと、マイケル・ポーター教授なら批判するでしょう。
SDGsで掲げる社会課題の多くは、普通に取り組んでもビジネスにならないから長く放置されてきたわけで、これを事業として成立させるのは並大抵のことではありません。ネスレにしろ、ノボ ノルディスクにしろ、世界に冠たるCSV企業は例外なく、社会価値を経済価値に変換するイノベーションを実現しています。
もちろん、経済価値=株主価値を優先せよということではありません。株式のシステム自体がなかった時代も、事業オーナーや従業員、さらには買い手や世間の中に、その商いを応援し、志を共有する現在の株主のような存在がいたはずです。株主を特別扱いせず、いまで言うマルチステークホルダーの中に包摂する三方よしは、古くて新しい未来型モデルといえます。アメリカ流のCSV経営を後追いするのではなく、日本本来の志を基軸とした日本発のCSVモデルを世界に発信し、その価値を高めていくべきです。
続いて、「人基軸」について伺います。かつて代名詞ともいわれた「人本主義」を長く封印してきた日本企業が、昨今の人的資本経営ブームに踊る様子をどのようにご覧になっていますか。
ついこの間まで、ヒト・モノ・カネのうち、カネこそが大事だと主張して日本の擬態経営を煽ったアングロサクソン型資本主義者が、手のひらを返したように人的資本経営を大合唱するのを片腹痛いと思っているのは私だけではないはずです。そもそも私は、「人材」という言葉を使いません。人は価値創造の資源(リソース)ではなく、源(ソース)そのものだからです。ならば「人財」とすべきで、人的資本という言葉自体にヒトを取り替えの利く資源だと見ていることが表れています。
いまさら言われるまでもなく、良質な日本企業と経営者は人こそが価値創造の担い手であることを理解し、人基軸の経営を実践してきました。伊丹敬之先生(一橋大学名誉教授)がかつて『人本主義企業』(筑摩書房)で述べたように、それは単に人に優しいのではなく、従業員を主権者と位置付け、そこで働く人々の力と成長が企業の成長をもたらすという考え方です。
ここで陥りがちな誤りが、人財投資こそが企業成長のカギを握るというもので、昨今のリスキリングブームはその象徴です。しかし、個人のスキル磨きは、本人が努力すべきものです。新しいことを学んでもすぐに陳腐化してしまう昨今、会社から与えられたり、命じられてやる学びが、本当の意味で身につくことはありません。大切なのは学び続けること、つまり学習することを学習する力で、メタ学習力と呼ばれるものです。企業と同じく個人にも、学習優位が求められているのです。
では企業の役割は何かと言えば、学習する人財が桁違いの成長を遂げるための組織開発です。具体的には、志を共有し、場を与え、仮に失敗しても再び挑戦する機会を設けることで、この会社にいるからこそ本来の能力の何倍、何十倍もの力を発揮できるという組織能力の向上を指します。転職はもちろん、副業や兼業が広がる中、本当に優秀な人財を惹き付けて引き止められるのは、こうした企業だけになっていくでしょう。
人財は無形資産の代表であり、知的財産などとともに非財務情報に位置付けられますが、組織能力によって、そこから紡ぎ出される将来価値は大きく変わってきます。「非」財務資産のまま終わるのか、それとも「未」財務資産として企業価値に反映させられるのか。資本の論理に踊らされた人的資本経営ではなく、人基軸の人本主義が日本流経営の原点だと言っても過言ではありません。