将来価値は誰のものか

 シン日本流経営へと超進化することで成長のダイナミズムを取り戻し、世界に存在感を示す日本企業が増えることを願ってやまない一方で、一部の海外資本は割安な日本企業を絶好の買収ターゲットとしています。シン日本流経営へと超進化する前に、外資によって日本流の本質が塗り変えられてしまえば、元も子もありません。円安の影響はあるものの、背景には価値を創造する力や、価値をステークホルダーに伝える力の乏しさがあると考えられます。シン日本流経営の中核を成す組織文化や人財などの非財務資産を、将来価値を生む「未」財務資産として、どのように説得力をもって示していくべきでしょうか。

 私も、取締役会での議論のきっかけとするため、企業価値評価(バリュエーション)を証券会社に算定してもらうことが時折あります。すると、各事業の個別価値の総和を下回るケースが珍しくありません。いわゆる「コングロマリットディスカウント」の状態で、外部の投資家から見れば割安を意味します。ファンドであれば解体してばら売りするかもしれないし、事業会社であれば自分たちが経営することで企業価値が格段に向上すると判断するかもしれない。セブン&アイ・ホールディングスに対する買収提案などは、まさにこうした理由によるものです。セブン&アイは自力で企業価値向上を図り、買収のハードルを高くするとしましたが、最初からそれができていれば今回のような問題は起きなかったでしょう。

 ただし、買われることが必ずしも不幸だとは思いません。先に挙げた中外製薬のように、海外大手の傘下に入ることで創薬というみずからの強みに特化して、それを世界市場に広げるのは親会社であるロシュに任せるという、共創と競争の領域を選び取る日本企業も存在します。CSVの観点からも優れた判断だといえます。ただし、経営の独立性が確保されることが重要で、そうした条件が整うことはそれほど多くはないでしょう。

 となると、それぞれの企業が自社の存在意義を市場に示していくためには、投資家の成長期待に応えるための「価値創造ストーリー」が問われることになります。財務価値には換算されない非財務資産を将来の価値を生み出す「未」財務資産ととらえ、それぞれの企業独自の価値創造アルゴリズムとして示すことができれば、小手先の株主還元などを行わずとも企業価値は高まるはずです。

 しかし、この点については、私にも迷いがあります。将来価値を現在の株主に先取りさせてしまうことになるからです。そうではなく、これまで通り隠し財産として、長期的な関係を築けるステークホルダーのために取っておくほうが賢明かもしれません。

 ノボ ノルディスクが卓越した社会価値と経済価値を両立できるのは、ノボ ノルディスク財団が最大株主となり、長期的な観点から、株主のみならず、患者や従業員にとっての最適な活動を支持しているからです。また、ファンドの中にも、鎌倉投信やみさき投信のように、短期的なパフォーマンスではなく、持続的に企業価値を増大させられる「よい会社」を選んで投資するところもあります。あるいはオリンパスとバリューアクト・キャピタル・マネジメントのように、一般にアクティビストといわれる株主との間で建設的で緊張感のある関係を築き、改革を前進させた例もあります。

 このように将来の顧客や従業員、あるいは未来の子どもや環境さえも包含するマルチステークホルダーとの関係構築は、持続可能な経営につながる一つの道筋だと思います。三方よしを軸(本)としつつ「八方よし」へと進化させ、多くの日本企業がシン日本流経営への一歩を踏み出すことを願っています。

 

 

◉聞き手|宮田和美  ◉構成・まとめ|相澤 摂、宮田和美
◉撮影|佐藤元一