小野 たとえば、僕にとっては数字や他者の評価が自分を大いに苦しめる対象だったので、それらからは大きく距離を取る選択をしましたが、一方で、本来インドで「出家」に求められる妻との離縁はしてないわけです。つまり世俗から一切離れる「出家」はしていないわけです。ですが、自分がとらわれていたものからは離れられたので、とても救われたわけです。「出家」という形にこだわっていたわけでもないので、妻帯したままでいることに苦しむわけではない。
これはあくまで自分にとっての「苦しみ」から離れる選択の仕方でしかなく、人によって苦しみの対象も変わるでしょうし、どの程度その対象から離れるべきかも、その人の選択次第だと思っています。
苦しみながら生きる人に勧める
早起き、散歩、挨拶、お掃除
香山 先ほど呼吸に意識を向けるやり方を教えていただきましたが、それ以外に誰もができる方法はありますか。とらわれから一時的にでも離れられるような。
小野 皆さんご自身の生活をしているなかで、呼吸へ意識を向けることと合わせて私がお勧めしているのは、早起き、散歩、挨拶、お掃除です。これまでさまざまな苦しみを抱える方にお勧めさせていただき、かなり効果が生まれている方もいて、なかには統合失調症だとかうつ病が快方に向かい、ひきこもりから少しずつ社会的活動ができるようになったとおっしゃる方もいらっしゃいます。

小野龍光、香山リカ 著
すべての人への処方箋とはならないでしょうが、お金もかからず体さえ動けばできることでもあり、自分なりには生理学的にも有効性があるのではと考えております。すみません、お医者さんは違うとおっしゃるかもしれないですが……。
香山 医者だったらこうする、でも、龍光さんとしてはこうするみたいな、違いがあってもいいですよね。こうやって話していても、「それは精神医療や心理療法と同じですね」というのもあるし、「ちょっと違いますね」という部分もある。
小野 そうですね。正解はひとつである必要はないと思います。人それぞれに、さまざまな苦しみがあるわけですし、その状況も随時変わっていくものですので、万人に共通して有効な薬とか宗教や解決策は必ずしも存在するわけではないんじゃないかと思っています。