ヤギの写真を受刑者に見せて
「カモン」と誘ってみると……
剪定バサミを、道具箱の中にしまっている時だ。三浦の背後から、足音が聞こえてきた。
「三浦さん、どうも」
その声に振り返ると、山崎ともう1人の刑務官、それにマッハムードが立っていた。
三浦は、疑問をそのまま口にする。
「どうして今、マッハムードをここへ?」
山崎は、写真を手にしていた。
その写真を三浦のほうに見せ、にっこりと微笑んで言う。
「これ、アフリカの草原にいるヤギの写真です。部屋の中にいるマッハムードに、これを見せて、カモンって、そう誘ったんです。そしたら、案外すんなりと出てきてくれました」
写真を胸ポケットにしまった山崎が、ヤギのほうを見る。
「このヤギですけど、この前マッハムードに会った時、結構興味を示していたように思うんです。こいつ、すんごく感受性が豊かなヤギなんですよ」(編集部注/三浦は受刑者へのアニマルセラピーの導入を計画しており、そのためのヤギを外部から借り受けたばかりだった)
「はあ、そうですかね」
三浦は、首を大きく傾げて見せた。
山崎が、杭につないであったヤギのリードを解く。そして、そのリードの持ち手部分を、マッハムードに握らせようとした。
「ちょっと待って、山崎さん。リードを持たせるのは、まだ早いですよ」
三浦は、声を張り上げ、山崎の行動を制した。
案のごとく、マッハムードは、手を後ろに引っ込める。
山崎がリードを持ったまま、もう1人の刑務官のほうを向き、肩をすくめた。
高圧的なコワモテ部長に
ヤギが頭突きをかました
「どうしたんだ、お前たち。なんとかセラピーなんて、まだやってるのか」
聞き覚えのある声がする。
処遇部長(編集部注/所長に次ぐ実力者として刑務所内で畏れられているコワモテの人物)の虎谷新司が、近くに立っていたのだった。
山崎は、手からリードを離し、急いで虎谷の前に立つ。
敬礼をした山崎が、声を発する。
「ヤギ総員2頭、うち1頭は小屋の中、現在ここにヤギ1頭、および受刑者1名、異常なしっ」
ヤギの様子が気になり、三浦の視線がそちらに向く。ヤギの前足が、土をかいていた。ヤギは一瞬、顔を上に向け、それから、全身をぶるっと震わせる。