警察に通報し、到着まで事務所で待つように伝えると、彼女は電話を取り出し、職場に急用で少し遅れる旨を連絡した。その手慣れた様子を見ながら、何をどう話せば、彼女の心に伝わるのか、ほかの店でももう二度とこんなことをしないで済むようになるか……ぐるぐるといろいろな思いが錯綜した。警察がなかなか来てくれず、私は彼女に話し続けた。

書影『コンビニオーナーぎりぎり日記』(三五館シンシャ)仁科充乃『コンビニオーナーぎりぎり日記』(三五館シンシャ)

「もしかしたら、あなたはご家族のことで人に言えない悲しみがあったのかもしれないね。でも、私たちもそうなの。私たち夫婦も幼くして親を亡くして、あなたの年には両親ともいなかった。だから自分だけ不幸だと思ったらいけないよ。みんなつらいこと、悲しいことを背負って生きてるものだって私は思ってるの」

 彼女はうつむいたままだ。警察はまだ来ない。

「あなたは若くて体も健康そうだね。私は年をとってリウマチになった*の。だから足が悪いでしょ。おばさんが店でチョコを1個110円で売っていくらの儲けがあると思う? 商品をどんどん持っていかれたら、生活が苦しくなるの。わかるでしょ?」

 びっくりしたように彼女は顔を上げて私の目を見た。そんなこと思いもよらなかったという表情だった。

 30分ほどして駐在さんが駆けつけ、その数分後に2人組の制服姿の警察官と、2人組の私服の刑事さんがやってきた。総勢5名の警察官で事務所内はものものしい雰囲気になった。事件として訴えるか、と尋ねられた。私たちは2人とも首を横に振った。

「ただ」と私は条件をつけた。「二度とこんなことをしなくて済む*ように、彼女には必ず病院へ行ってカウンセリングや治療を受けるという約束をしてほしいんです」