それが34歳の時のことだ。当時、周りの友人たちは、結婚して子どもがいる人がほとんどだった。自分でも心のどこかで、「そのうち、当たり前にああいう風になるんだろうな」と思っていた。だが、自分が知らないうちに、病気によってその選択肢を選べなくなっているかもしれない。そう思ったら、底知れぬ不安を感じた。手術の方法によっては、今後子どもを産むのが難しくなるかもしれない――。その思いが駆け巡り、手術法が決まるまでは、眠れないほど不安な日々を過ごした。

 幸い、手術は軽度なもので済み、無事に成功。だが見えないところで身体に変化が起きていたことで、「過信してはいけない年齢なんだ」と痛感したという。

将来に子どもを持つための
「卵子凍結」と「受精卵凍結」

 10年ほど前までは、コンテンポラリーダンスに明け暮れるアスリートとして過ごしていた前田さん。表に立つ仕事をする今も、毎日、全身を鏡でチェックするのがルーティーンだ。身体の変化には人一倍敏感なつもりでいたから、なおさらショックが大きかった。そして、「今後出産も考えていらっしゃると思うので」という医師の言葉は、術後も心の奥深くに沈んで、残った。

「医師の言葉は、自分が子どもを持つという具体的な未来が、初めて提示されたような感覚でした。AMH値を調べようと思った時は、値を調べた後どうするのかまでは全く考えてなかったし、たぶん調べただけで満足しちゃってたと思う。まさかの事態が分かったからこそ、意識が変わりました。子どもを持ちたいと思うなら、未来に対して対策しないといけない、と」

 その頃、婦人科に勤める姉の友人から、卵子凍結を勧められる機会があった。年齢を踏まえ、「将来産む気があるなら、やっておいても良いのでは」という。当時、前田さんにはパートナーがおり、事実婚状態にあった。姉の友人は、それを知ると「パートナーが決まっているなら、受精卵を凍結する方が良い」という。

 卵子凍結と受精卵凍結の具体的な違いもよく知らず、自分が何を望んでいるのかもよく分からない。だが、まずは話を聞いてみようと、クリニック主催の説明会にパートナーと一緒に参加した。卵子の加齢による影響、年齢とともに下がる妊娠率・出産率、高齢出産のリスク――。説明会は、初めて知ることばかりで、衝撃を受けた。