それにベンチャー企業より、よほど我が意のままに進められる。企業体ではなく、封建的な親子関係を結ぶ組織なのである。子分たちを思うままに、黒いものも白いと言わせながら動かすことができるのだ。

イレギュラーも想定の範囲内
強引に道を切り開いていく

 計画には、イレギュラーな事象の発生ももちろん織り込んであるので、かなりの困難がふりかかっても負けない。ただそれを超えてくるほど想定外の大きな出来事には、むしろ強いストレスを感じやすく、反発として、今度は全力で排除しにかかる。

 夜中、安田副会長宅の玄関をたたく。初対面なのに趣旨を伝えるや、安田は即座に意図を理解した(念のためだが、テキヤ・安田組の安田朝信とは別人)。元憲兵中尉の男だった。副会長は尾津の計画に頷いた。

「結構なご趣旨ですからお譲りしましょう。しかし……」

 無償で陸軍から払い下げを受けていて、尾津から料金を得るべきか自分では判断がつかないという。明日、町会ではかると。ベンチャー社長は速度を尊ぶ。尾津は切り出す。

「はなはだ勝手ですが、日にちが切迫しています。安田さんの独断でいかがでしょう?大久保町会へ復興費として、私から5000円寄付させていただくとしたら……」

 奔馬はカネをばらまきながら前進する。これで話はまとまった。さらに、赤羽にいる在日朝鮮人たちの飯場用板材が相当数余っているとの話が持ち込まれた。

 これも早速言い値に酒代をつけて買い込み、資材準備は17日には完了した。ところが予想外の事態が発生。淀橋警察署で大見得をきって申し出た瓦礫の片付けが遅々としてはかどらないのだ。

 5回にわたる大きな空襲によって、鉄筋、コンクリ塊が層をなして積み上がったまま放置され、雇った石工たちのスコップ程度では歯が立たない。せっかちな大男は懐手しながら、じりじり焦がれるように、進まない作業を眺めていたが、埒があかない。

 しびれを切らしたせっかち男は突如閃いた――。明くる18日午後に、片付け現場に製鑵業者5人が姿を現した。解体業者とは畑違いながら、彼らが15キロのハンマーを瓦礫にたたきつけると、面白いように粉々になり、あっという間に堅牢なコンクリ塊は消えてしまった。

 まるで日露戦争・旅順要塞攻略戦のよう。白兵突撃では歯が立たない要塞へ、本土防衛のため据え付けてあった28サンチ砲を引き剥がして送り、撃破したような場面である。

 突貫工事で生まれた更地には、あわただしくヨシズと丸太で売り場が構築された。仕上げとして電気工事を徹夜で施し、こうして「新宿マーケット」が見事開店したのだった。