公務部門の人材確保の課題
これまでの人事管理に関し、国家公務員法に基づき、成績主義、政治的中立性、各省単位の内部育成を中心とした伝統的な人事管理が維持される一方、内閣およびその背景にある国民の意向への応答性を高める工夫、公務部門に専門的人材を取り入れる制度が整備されてきた。
また、新陳代謝が図られるよう、本省企画官以上には役職定年制度が導入されている。さらに、国会対応の在り方については議院内閣制との関係で政府としての対応は難しい面もあるが、各省庁において、若い有為な人材を確保、維持するための取り組みとして、働き方改革、長期時間労働の縮小、業務のIT化による効率化、ハラスメント防止などが着実に成果を上げている。省庁により、若い職員にスキル、経験、達成感を付与するよう努めているところもある。
しかしながら、社会経済環境の変化は速く、特に、霞が関に優秀な若い人材がこなくなっているのではないかといわれて久しく、改善の兆しは見られないようである。このことは、優秀な若い人材を幹部候補として採用し、内部を中心に育成する人事管理システムの根幹に関わる問題であり、このシステムを維持しようとする限りは早期に対策を講じることが必要である。このため、最近では、初任給の引き上げなどが図られている。しかし、入り口を改善するだけでなく、内部昇進の在り方、幹部職員の処遇など出口についての改善まで見据えたトータルでの人事管理の改善が必要ではなかろうか。
国家公務員の任用制度、働き方等についてこれまで改善が図られてきたが、外部人材を活用するための取り組みをさらに実効性あるものにするとともに、今後、特に給与水準、体系について、大きな見直しが必要であると思われる。このことは後で詳しく述べる。
外部人材を活用するための環境整備と役割分担の見直し
職員の純粋培養を重視していた霞が関も、今では、任期付採用(弁護士など)、官民交流(IT人材など)、中途採用、国家公務員として働いていた者の雇い戻しなどが珍しくなくなってきた。しかしながら、まだ、限られた分野、役割、任期であることも少なくない。そのような外部から霞が関に入ってきた人材が、早期に本格的に活躍できるよう、職業公務員としての基盤的知識を付与することが必要ではなかろうか。予算スケジュール、国会審議、憲法、内閣法などの基本法制、行政組織と独立行政法人、特殊法人との関係、行政手続法等の行政法などに関する実務的、実践的知識を、公共政策大学院と連携して訓練することも考えられる。外部人材を活用するための環境整備は、新卒で国家公務員として採用され、勤務を続けている職員にとっても、負担軽減となろう。
また、英国、米国に限らず、首相の大統領化といわれる、トップへの権限集中が進み、トップを支えるスタッフの整備が行われているため、役割の整理が必要となっている。特に英国の内閣府は、他の省庁では解決困難と判断される多様な分野や政策領域の受け皿となっているため、職員数が10年間で3倍となったことは前回説明した。
わが国でも同様に内閣官房の肥大化が指摘され、随時、整理が行われている。内閣官房には、生え抜きの職員は少なく、各省からの派遣で人材を集めているため、結果として、各省の人材が二分化され効率が低下する。各省の人材が薄くなり、十分な検討を行う時間もなく、職員のモチベーションも下がるなど、業務執行に支障を来す恐れがあるとの声もある。内閣官房が新たな任務を行う場合には、当該部署の設置期限を切って(サンセット)、また、各省組織に適用されているスクラップ&ビルド原則を準用することも必要ではないか。中期的には、内閣官房(スタッフ)と各省(ライン)の役割分担、定員バランスなどの見直しも課題となると思われる。
令和時代の給与システム設計の必要性
最後に、給与システムについて触れる。実は、国家公務員の給与水準については、精緻な内部分配を続けてきたため、今となっては対応が非常に困難な状況にある。また、関係する者が非常に多く、いわば、too big to changeという状況にある。
まず、近年、国家公務員の給与について、初任給の引き上げが図られている。国家公務員法では、職員の給与、勤務時間その他勤務条件に関する基礎事項は、人事院の勧告を踏まえ、国会により社会一般の情勢に適応させることとされている。人事院は、民間給与との比較により、国家公務員の給与に関する勧告を行っている。
しかし、最近の労働市場を見ると、従来なら総合職試験を受験して国家公務員になる人材は、高額の給与支給を可能とする大手の法律事務所、コンサルティング会社、金融業界などに流れていると指摘される。国家公務員の初任給を多少改善しても、そのような企業には処遇で対抗できない。
また、結局、国家公務員の総人件費というキャップの下、中堅層などの給与引き上げは相対的に低くなるという影響が及ぶ。そもそもが、内部均衡を重視した、差があまりつかない給与体系が続けられている。これを打開するため、民間給与との比較方法を見直し、総人件費を底上げすることにより、給与について職員間で差を大きくつけるのを容易にすることが検討されている。
次に、幹部職員の給与の問題がある。事務次官、局長、部長、審議官など一般職国家公務員の上層部は、行政部内における最高の職またはこれに準ずるものであり、民間企業でいえば役員の職に相当するとされる。このため、給与に関しては課長以下の給与体系と異なる指定職俸給表の適用を受け、事務次官には約2385万円(内閣人事局ホームページ「国家公務員の給与〈25年版〉」)、局長には約1819万円(同)の給与が支給される。
人事院は、指定職職員の給与を検討するため、民間企業における役員報酬(給与)調査を実施し、指定職の給与水準を決定する際の参考資料として活用しているとされる。しかし、指定職と民間企業役員との給与水準は、大きく乖離していないであろうか。先進国ではおおむね、職業公務員と政治任用とを問わず、幹部職員の給与は民間部門と比較して低い。民間部門が成熟し、政府の役割が低下しているとはいえ、国家安全保障、高度な産業政策など、政府の役割が重要になっている部門は確実に存在する。
英国では、財務省、内務省、外務省などの事務次官に対して18万5000~20万ポンド(約3700万~4000万円)を支給する。さらに、SCSに成果連動型のボーナスを支給することが検討されている。SCSを代表する中央政府部門管理職組合のデイブ・ペンマン書記長は、政府は「SCSが民間企業の同等職種の給与の半分しか得られない非競争的な給与水準」に対処すべきであり、20年以上続く業績連動型給与制度の「表面的な手直し」にこだわるべきではないと述べている。
一方、わが国の国会法は、議員は、一般職の国家公務員の最高の給与額(地域手当等の手当を除く)より少なくない歳費を受ける(第35条)と定めている。一般職公務員の幹部職員についての給与引き上げは、国会議員の歳費の状況に配慮することが必要であるという問題がある。
さらに、悩ましいのは、人事院が勧告する国家公務員一般職の給与は、公共セクターの給与に大きく影響を与えることである。地方公務員の給与については、国および他の地方公共団体の職員との間に権衡を失しないように適当な考慮が払われなければならないことが法律で規定されている(地方公務員法第24条2項)ほか、独立行政法人の役職員、国立大学法人の教職員についても、法律により、国家公務員の給与等を参酌等することが求められている。このほか、私立学校、民間病院、民間保育所、地方の中小企業においても、国・地方の公務員給与を参考にしているところが一定数あるといわれている。すなわち、人事院勧告の直接の対象者(一般職国家公務員)は27万人でも、特別職、地方公務員、独立行政法人、国立大学法人、民間の一部などを合計すると580万人に影響するといわれている(12年2月23日、衆議院総務委員会における江利川毅人事院総裁答弁)。制度・運用により長年続いた公共セクター給与の、このいわば横並び均衡に対し、現在の賃上げの動き、人事院勧告は、今後どう影響を与えるのだろうか。
戦後、労使関係が激しく対立する中で、労使とは別の第三者組織が民間準拠に基づき、一般職国家公務員の給与を事実上決定するという人事院勧告制度は合理的なものであり、諸外国からも評価されてきた。国際的には、公務員の人数、給与が政争の対象になったり、財政危機のときは削減候補となったりすることが少なくないからである。
しかし、民間給与を調査して国家公務員の給与総額をマクロ的に確保する場合、特に経済成長の鈍化が続いている中で、給与総額のミクロ的配分は、個々の職員の能力、実績、意向に応じているのであろうか。労使関係は安定しており、職員団体というよりも、一人一人の職員にきめ細かく向き合った給与制度設計が求められているのではないのだろうか。各省庁は、働き方改革、ITによる効率性向上、やりがいの付与などを進めているが、人事制度の中核である給与制度の見直しなく対応を進めることには限界がある。
昭和の頃まではうまく機能した給与モデルのインクリメンタル・イノベーションではなく、上記の均衡状態を脱出する、令和時代の新しいシステム作りのため、ラディカル・イノベーションの準備を進める必要がある。なお、給与制度の大きな変更に当たっては、財政を取り巻く状況が極めて厳しい今日、国民の理解を得るための努力が前提である。また、一人一人の職員の納得を得るためにも、能力・実績評価に基づくメリハリのある昇進と処遇を徹底することが必要なのは言うまでもない。
参考文献
1.『大統領任命の政治学』(デイヴィッド・ルイス著、稲継裕昭監、浅尾久美子訳)。ただし、本書は分析の対象を行政各省に限定しており、大統領補佐官などホワイトハウス・スタッフについての分析は捨象している。
2.『国家公務員人事制度概説』(稲山文男)。幹部職員を含む一般職公務員の人事制度についてはこの一冊で十分であり、信頼性が高い。
3.『公務員人事改革』(村松岐夫編)
4.New York Times, Wall Street Journal, Washington Post, Financial Timesなどの記事。最近の動向を知るために利用。
5.「ブッシュ政権下の米連邦政府マネジメント(改革)に関する動向」季刊行政管理研究97巻(2002年3月)(吉牟田剛)
6.『ホワイトハウスの広報戦略』(マーサ・J・クマー著、吉牟田剛訳)
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