本省庁局長級以上の内閣承認の実態とは

 各省の構造は、国家行政組織法、それぞれの設置法で規定されている(内閣府、デジタル庁、復興庁は、組織の位置付けが省と異なる部分があるため、本稿は省の構造を中心に記述する)。大臣、副大臣、大臣政務官(政務三役という)という特別職の下に、事務次官以下の職業公務員(一般職)が位置する。

 国家公務員法では、本省の事務次官級、局長級、または部長級の職制上の段階に属する職を幹部職としており、その数は約700人である(20年4月1日、参議院決算委員会における菅義偉官房長官答弁)。各大臣は、担当する組織の業務執行を担保するため、組織に属する職員の人事権を有しているが、14年の法改正により、幹部職に関しては、各大臣は人事案を作成し、あらかじめ総理および内閣官房長官と協議をした上で任命することとなった。幹部職員の任命権は、改正前と同様、各大臣に属しつつも、政府全体の一体性を確保し、適材適所の人事が行われることを確保するため、このような改革が行われた。特別職の防衛事務次官なども、任免協議の対象である。

 なお、戦後、各省事務次官、局長などの任命は重要人事であるため、全閣僚がこれを知ることができるよう、閣議了解を得た後に行うこととされた。その運用は長く続いたが、中央省庁等改革の際、従来の閣議了解を改め、事務次官、局長などの任免については、あらかじめ閣議決定により内閣の承認を得た後に行うこととされている(2000年12月19日閣議決定)。この内閣による承認制度は、現在も続いている。

外部人材が各省幹部職(一般職)に就く例

 文部科学省の外局である文化庁長官は都倉俊一氏、スポーツ庁長官は室伏広治氏が務めている。2人とも職業公務員ではないが、文化、スポーツに関する専門性は高く、任期付採用という制度を利用し、人事院のチェックも受けた上で、一般職公務員として勤務している。なお、文化庁長官は初代をはじめ、文化人が任命されることがあり、スポーツ庁長官も、初代は水泳選手の鈴木大地氏であった。他にも、総務審議官(次官級)に東京大学教授が就いた例がある。このように、幹部職はメリット・システムが適用されるが、一定の手続の下、外部人材を登用できる仕組みとなっている。

わが国の幹部公務員の特徴と人材源

 本特集#12『大統領がベスト&ブライテストを動員する米政府の「政治任用」制度を専門家が徹底解説!独自のエリート養成システムの中身』で説明したように、米国は、省庁の上層部は上院の承認が必要な大統領任用職であり、ホワイトハウスのスタッフの多くは上院の承認が不要な大統領任用職で、一般公務員と明確に区分されている。一般公務員出身でこれらの職に就く者も限られている。

 英国の場合は、首相、大臣の下で職務を行うのは事務次官以下の職業公務員(外部から競争試験を経て採用された者を含む)であり、特別顧問といわれる政治任用職は、首相、大臣に助言を行い、職業公務員に指揮命令権を持たないスタッフ職である。

 これらに対し、わが国の場合、一般公務員から省庁幹部職へと時間をかけて昇進し、また、省庁幹部職の経験者から、内閣官房の部局長となる者もいる。昨年の特集『公務員970人が明かす“危機”の真相』の#13『政治家による公務員へのパワハラを防ぐ「英国ルール」の威力、ハラスメントの有無の調査が肝』、今年の本特集#2の『「官僚の精鋭集団」を維持するには?国家の命運を左右…公務員の処遇改善と、業務改革“2つの方策”』において、TPP(環太平洋経済連携協定)交渉やトランプ政権の関税措置について、内閣官房に各省の優秀な職員を集め、対応している状況を説明した。国益のために国家の競争力が問われる今日、総理、大臣を助ける狭義、広義の政治任用、各省幹部職(一般職)の果たす役割は重要であり、これらの職に充てる優秀な人材を今後とも、内部で確保・育成できるか、外部から確保できるか、ということが課題になる。このため、以下で、政治任用を活用する場合の論点と、人材の維持・確保についての提言を説明する(狭義の政治任用は国会議員が多く就くため、ここでは主として広義の政治任用について説明する)。

政治任用職を拡充する場合など、英国、米国からの教訓

 各国の行政改革に通じているクリストファー・ポリット氏の著作(17年)によると、大臣への助言の政治化が進んでおり、オーストラリア、ベルギー、カナダ、ドイツ、英国、米国で過去20~30年の間に「政治顧問」すなわち政治的な色彩を帯びた幹部公務員の任用が目立つようになっているという。

 英国の場合は、政治任用である特別顧問の数が増加しており、一部には職業公務員に対する指揮命令権が与えられたこともあったが、職業公務員の政治的中立性が脅かされるという批判があり、特別顧問は助言に徹するよう、指揮命令権は廃止された。

 すなわち、英国は、行政の執行は事務次官以下のライン職で行い、政治任用のスタッフ職は、首相、大臣への助言に徹するという伝統は維持されている。また、上級公務員(SCS)に外部からの任用も進むが、成績主義、政治的中立性などの原則は維持されている。

 今後、わが国で、人材の内部育成では十分に対応できないと考えられる分野について、外部人材を増加させる方策の一つとして政治任用職を拡充するとするならば、英国に倣い、その役割、職業公務員との関係、指揮命令権などをあらかじめ整理しておくことが必要であろう。

 米国の場合は、比較的多数の政治任用職が存在する。これは、シンクタンク、大学、政党、民間企業など、政治任用職に充てる人材の候補が多数存在するというだけでなく、政治任用職を離れる者が、あらためて政府外で職を得ることが難しくないからこそ可能となっている。すなわち、労働市場の流動性が高いこと、それを可能とする雇用・年金制度の整備が前提条件となる。

 わが国の場合、若年層の転職は普通になっているとはいえ、労働市場全体を見ると米国のような状況にはまだ到達しておらず、ポストを整備しても意図したような人材が確保できない恐れがあることに注意が必要である。

 また、行政は大統領や首相の近くで政策の企画立案を行う人材が飛び切り優秀であればよいというものではない。多種多様な行政分野の最前線で政策を執行する公務員の一人一人が大切であり、圧倒的に多数を占める。政府としてのパフォーマンスには、実施部門の人材の確保・維持、モチベーションへの配慮が欠かせない。米国の行政機関について研究した著書もあるデイヴィッド・ルイス氏は、公務部門の仕事には、現場固有の知識、実行可能性を考えた計画立案、組織としての記憶、安定性が必要であり、政治任用が多い行政組織はそうでない行政組織より能力が低くなると主張していることは重要である。

 わが国でも、京都大学の曽我謙悟教授によると「官僚制が保有する技能とは、政策執行を通じて得られるものであり、それ故官僚制だけがそれを持つ」。ということは、政治任用と職業公務員との間で円滑なコミュニケーションがないと、実効性ある政策の企画立案が図られない恐れがある。

 さらに、本特集#12『大統領がベスト&ブライテストを動員する米政府の「政治任用」制度を専門家が徹底解説!独自のエリート養成システムの中身』では、米国の大統領補佐官(スタッフ)と各省長官(ライン)について、法令上、上下関係の規定はないことを説明した。各省長官は、法律で設置された省の長であり、大統領補佐官よりも給与が高い。しかし、大統領補佐官は、大統領の意向を受けて政権運営の一翼を担っており、各省長官より重要な役割を果たす場合がある。

 DOGE(政府効率化省)を率いたイーロン・マスク氏は、法律上の特別政府職員であると説明されていたが、彼の役割は重要で、大統領の任命に上院の関与が必要である上級公務員に該当するのではという議論があり、また、大統領令で設置されているDOGEと各省との権限は、マスク氏が政権を去った後、揺り戻しが起きている。

 わが国の場合、組織法制が比較的整備されており、少なくとも制度上は、個々の組織、公務員の役割、指揮命令系統ははっきりとしている。米国のDOGEと各省で起きたような軋轢、混乱を避け、本来意図した目的を達成するためには、組織や職の設置において、その役割などについて実務家、専門家による十分な検討が必要であろう。