「人間はなんのために生きてるんだね?」
やなせたかしの言葉の元になったかもしれない文学
その働き方にも義務でいやいやの人もいれば、楽しくやっている人もいる。これを語るのはサーチンという電信局に勤務していた教養のある人物だ。でも彼は罪を犯していて……。
また、『どん底』には「人間はなんのために生きてるんだね?」という問いもある。「人間はみんな生きているんだ」と語る者もいる。井伏鱒二が好きだったやなせたかしは、おそらく、当時の教養として『どん底』も読んでいただろう。
『あんぱん』では嵩が、出会った人たちの言葉から、のちのやなせたかしの名言の数々が生まれたかのように描いているが、やなせ自身は優れた文学や芸術などから得た知見から、自身の言葉を生み出したに違いない。
八木が読んでいた箇所――「だがもし一生起き上がることができないほど俺をいじめるやつがいたらどうする? ゆるすと思うか。いや決してゆるすものか」も印象的だ。「人を侮辱してはならねえ!」とわかりながらそれでもゆるせないときがある、そこに苦しんでいるのだ。これもサーチンのセリフだ。
このセリフのあと、人間の尊厳についてサーチンはとうとうと語る。ここは『どん底』で非常に重要な箇所である。
八木が読む『どん底』によって、のぶと嵩のいまいる戦後の世界の混沌が補完されている(ドラマの翻訳の出典は不明だが、レビューでは中村白葉の訳を使用した)。

