そこで初めて、漫画にはある種の文法があると気づいた。面白い漫画って、読んでて手が止まらない。でも文法が崩れていると、手が止まる。だから、新人漫画家との打ち合わせでも、「面白い/面白くない」じゃなくて、「なぜこのコマが良くないのか」など具体的に説明できるようになった。
そうすると、翌週には改善されたネームが出てきて、作品のレベルがぐんぐん上がっていく。すると掲載もされるし、読者の反応も増えるし、漫画家自身の表情も変わっていった。
鳥山明との出会い『Dr.スランプ』
『ドラゴンボール』誕生秘話
――だんだんと仕事にのめり込む中で、後の『ドラゴンボール』の作者・鳥山明さんに出会ったんですね?
出会いは本当に偶然で、ジャンプの月例漫画賞に応募してきた一本の原稿がきっかけ。当時、僕は新人投稿の読み手を担当していて、月に400本近くを片っ端から読んでいました。
――鳥山さんが応募してきた原稿は、『スター・ウォーズ』のパロディだったとか。賞は落選したわけですが、どういう印象を持ったのですか?
原稿を見た瞬間、才能があると思った。絵はうまいし、レタリング(漫画に書かれた文字)もすごくきれいだった。修正の跡も見当たらない。つまり原稿が早く仕上がる人なんだ――そう印象に残ったんですよ。さらに彼の負けず嫌いな性格を知って、この人を担当したいなと。そこから1年半かけて『Dr.スランプ』が生まれた。
――なるほど。鳥嶋さんがどのように興味のない仕事を「好き」に変えていったのか、垣間見えた気がします。もし今、仕事を辞めたいと悩んでいる人にアドバイスするとしたら、どんな言葉を贈りますか?
まず何より大切なのは、自分の感情から目をそらさないこと。「嫌だ」と思う気持ちを無理に押し込めたり、ごまかしたりしない。「なぜ好きだと感じられないんだろう?」「なぜ違和感があるんだろう?」と自分に問い続ける。
僕もそうでした。なぜジャンプ編集部が嫌なのか、なぜ漫画を面白いと思えないのか。そうやって考え続けながらも、漫画家や読者と出会うことで、気づきがあった。
最初は漫画に対して距離を感じていたけど、漫画家と読者に導かれて、漫画の世界にのめり込んでいった。漫画を知らなかった編集者が、漫画を学びながら、漫画家と一緒に成長した。その過程こそが、僕の原点ですね。正直、先輩や編集部から何かを学んだという意識はありません(笑)
それでも「やっぱり違う」と感じたら、それもまた答えです。大事なのは、感じたことから逃げないこと。「なぜ嫌なのか」「なぜつらいのか」――これを無視して転職を繰り返しても、同じ壁に何度もぶつかることになります。まずは一定期間、その場にいて、自分の心の動きや周囲をちゃんと見てみる。それが大切だと思いますね。

――そうした自分に問いかける力や感性は、どうやって育まれるんでしょうか?
それは好奇心だと思います。例えばラーメン屋に行列ができていたら、「なんでだろう?」「どれくらい待つんだろう?」って、自然と気になりますよね。そういう気づきが好奇心の入り口なんです。
――でも、そこから深掘りできる人と、そうじゃない人もいますよね?
うん。それは例えば「空腹」に似ていると思うんですよ。お腹が空いてれば、自然と食べたくなる感覚。つまり「精神的な空腹」こそが、好奇心を生む。
そのためには自分が今、何を感じるか、何が好きで何が嫌いかを見逃さないことが大切。だからこそ、自分自身にしっかり目を向けてほしいですね。
