**任せられる部署がない課題や問題を請け負うのが参謀機能

 安部野は話を続けた。

「折も折、日本のバブル期がはじまり、百貨店もアルマーニやヒューゴ・ボスなどの10万円以上のスーツを当たり前のように前面に出して販売していた時代だ。君の会社、しきがわは、『スーツの縫製工場に直接発注することにより、高級ブランドと同じ縫製工場を使ってもこんなに安くスーツを販売することができます』と打ち出して、これが世直しビジネスのように世の中から受け入れられて、この事業が大ヒットしたのだ」

 しきがわに入社以来、高山にこういう事業の歴史の解説をしてくれた人は、これまで一人もいなかった。

「さてここで、それまで商店街や駅前での商売を展開していたしきがわが、郊外店舗の展開をはじめるという、事業方針を大きく変える判断を四季川さんがしたことになる。これは、人に任せられるような判断ではない。極めて重大な、戦略面での経営企画を行い、判断したわけだ」

 そういうことか、高山は思った。

「例えば、出店の展開方針をどう変えるかについては、営業部、商品部に起案を依頼して決められるようなものでもない。店舗開発部があっても、日々、立地探しに奔走している担当者にその答えが出せるのかということだ」

「それはすこし無理を感じますね」

「つまり経営の意思としてやらなければいけないが、それを任せられる部門がない課題や仕事を請け負う、あるいは推進するのが、参謀機能と位置づけられるわけだ」

 高山は、経営企画というものが具体的にどういう役目を担うのかが、少しわかったような気がした。

「この重大な意思決定を行うために、四季川さんは、まずいろいろな情報を集めることからはじめたはずだ。例えば……」

 安部野が次の話をはじめようとしたところに、先ほどの女性が、珈琲を運んできた。

「遅くなってごめんなさい」

いれたての珈琲のいい匂いが漂ってきた。

「一度に何もかも話されると、高山さんが消化不良を起こされるわよ、兄さん」

 秘書役をしているこの方は、この強面の人の妹さんなんだ、と高山は思った。

「そりゃ、そうだな」

「あまり根を詰めすぎないように。知識は自分のものにすることが一番大切ですからね」

 と高山に笑顔を向けて、安部野の妹は部屋を出ていった。

 出ていく姿を目で追いながら、高山も自然と笑顔になっていた。