安倍首相に見る伝え方の技術

 評価が高かった首相のプレゼン。締めのコトバを見てみましょう。なんと、ここだけでも「イエス」に変える7つの切り口のうち、3つの切り口が使われています。

「東京を選ぶということは、スポーツで良い世界をつくることを願う国を選ぶということです」

佐々木圭一(ささき・けいいち)コピーライター/作詞家/上智大学非常勤講師 上智大学大学院を卒業後、97年広告会社に入社。後に伝説のクリエーター、リー・クロウのもと米国で2年間インターナショナルな仕事に従事。日本人初、米国の広告賞One Show Designでゴールド賞を獲得(Mr.Children)。アジア初、6ヵ国歌姫プロジェクト(アジエンス)。カンヌ国際クリエイティブアワードでシルバー賞他計3つ獲得、AdFestでゴールド賞2つ獲得、など国内外51のアワードを獲得。郷ひろみ・Chemistryの作詞家としてアルバム・オリコン1位を2度獲得。twitter:@keiichisasaki

 スポーツで良い世界にしたいのは、まさにIOCが活動を通して実現していきたいことです。つまり「相手の好きなこと」の切り口を使っています。東京を選ぶことが、IOCにとって嬉しいことがあることを伝えています。安倍首相のプレゼンはこの他にも、安全性、実行するための資金の保証、世界へのスポーツでの貢献、子どもたちへの貢献、といった、IOCが実現したいことの連発でした。「東京を選んであげる」という思考ではなく、「自分たちが実現したいことを叶えるためには、東京を選ぶのがいい」というIOCのメリットから東京を選びたくなるよう、マインドセットができたのです。

 さらに、

「(IOCの)みなさんと一緒にやっていく準備ができています」

 と続きます。ここで「一緒に」と言っているのは、たまたまではありません。そう言われると人は動かされやすいのです。もちろん招致が決まったら、それで放置する国はないと思います。ですが、オリンピック開催まで凄まじい量のやることをこなしていくときに、首相から「IOCだけじゃなくって、私たちも一緒にやりますよ」と言われるのは心強い演説だったでしょう。こちらは、「チームワーク化」という切り口を使っています。

 2016年のリオデジャネイロ大会の進行が、IOCの思うように進んでいない点も、このコトバに説得力を増させた理由と言えるでしょう。

 そして最後に、

「ありがとうございます」

 で締めています。プレゼンするからにはお礼のコトバは当たり前かもしれません。でも、人は「ありがとう」と言われると断りにくい本能があるのです。そんな人間の本能に基づいたお願いを、着実にこなしたのがこの締めのコトバに使われているのです。

 このプレゼンは、もちろん首相がその場で思いついて話しているわけではありません。ロンドン五輪にも関わっていたイギリス人コンサルタント、ニック・バレー氏が推敲に推敲を重ねてできたスピーチです。

 すべての演説は

「東京を選んでください」

 というお願いでした。

 ですが、そのままストレートに言っても東京が選ばれることはなかったでしょう。相手であるIOCの頭の中を想像し、相手のメリットを熟考した上での一文一文でした。

 相手を想像した上で、お願いをする。
 これこそが伝え方の必勝法です。