データは「参考」になるが「信用」はしない

 キッチンと答えた家庭には、すでにコーヒーメーカーが置かれているケースも多い。ただ、日本の狭いキッチンにもう1台のマシンを本当に置けるかというと、置くスペースはないのが実情だ。では、すでに持っているコーヒーメーカーを捨てるかというと、それもしない。実際、私の家でも、「使わないから下取りにでも出したら?」と妻に言っても、「もったいない」といまだに昔のコーヒーメーカーを持ち続けている。

 このように、日本のキッチン環境を考えれば、「ネスカフェ ドルチェ グスト」をキッチンに置くことは現実的に難しいのである。

 事実、発売後に消費者の声を集めたところ、「ネスカフェ ドルチェ グスト」を購入した方の多くが、実は、マシンをリビングに置いていることが判明した。さらに、来客にコーヒーをだすときに、空のカップを提供していることがわかった。

 なぜ、自分で淹れてから提供できるにもかかわらず、そうしないのか?それは、自分のライフスタイルを自慢したいという気持ちからだ。目の前にカプセルを持ってきて「どれにします?」と尋ね、お客さんに自分でコーヒーを淹れてもらうのである。

 来客があったときに見せたい、自慢したいというニーズがある。しかし、事前リサーチで「自慢したい」とはなかなか言えない。

 また、これも事後調査でわかったことだが、「ネスカフェ ドルチェ グスト」がヒットした一番の理由は、洗練されたデザインだった。日本の家電製品のなかで、「ネスカフェ ドルチェ グスト」ほどインテリア性を重視してデザインされているコーヒーメーカーはほとんどない。そこで謳われるのは機能ばかりだ。これは、ほかの家電製品やスマートフォンにも当てはまることかもしれない。

 このように、事前のリサーチではわからないことが「ネスカフェ ドルチェ グスト」を購入する動機になっていたのである。

 基本的に、私は、マーケットリサーチをほとんど信用していない。たとえば、初対面の人同士が10人、20人と集められて「意見を言ってください」と言われても、本心を明かさないと考えるほうが自然だと思う。

 人間の本質を見通すことがマーケティングの仕事だ。そのため、データは「参考」にするけども「信用」はしない。

 データの扱いを誤解させてしまうことに、ビッグデータの危うさがあるかもしれないと、私は思う。

次回更新は11月8日(金


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「社会の大きな変化に目を向けよ 消費者はデータから見えない」を寄稿!

「顧客を読むマーケティング」『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』(2013年10月号)

 成熟市場における消費者の嗜好は、かつてないほど多様化している。消費者のニーズは一人ひとりすべて異なると考えられ、いち早く察知することに企業は躍起になっている。くわえて、ビッグデータなど情報収集ツールの進化によって、個人の消費活動が詳細かつ正確に捕捉できるようになったことも、その傾向に拍車をかけている。
 しかし、本当にそれで消費者の心を射止めることができるのか。消費者は自分自身の本心を把握しているとは限らない。気づいていないことは、いくら聞かれても答えられないのである。マーケティング・リサーチの結果をうのみにすることは危険である。本稿では、むしろ人間の本質を見極めたうえで、社会の環境変化からニーズの変化を探り当てることが大切であり、それこそが本来のマーケティングであると説く。

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