自由貿易にメリットがなくなるケース
バグワティは素朴な自由貿易論者ではありません。複雑化する国際経済の中で、アメリカを離れて大きな視野で自由貿易を論じます。本書は1999年、ストックホルム商科大学で「自由貿易の現状」と題された3回の講義を記録したものです。
本書でバグワティは5つの命題を提示しました。
【命題1】
市場の失敗(すなわち歪み)が存在する場合、自由貿易は必ずしも最適政策ではない。
もし市場価格が「真の」費用あるいは社会的費用を反映していれば、そのときは当然アダム・スミスの見えざる手が働いてわれわれを効率的分配へと導いてくれる。(略)しかし、もし市場が適切に機能しなかったり、存在しなかったり、不完全だったりする場合は、見えざる手は間違った方向を示すかもしれず、自由貿易が最適の政策ではなくなってしまうかもしれない。(13ページ)
市場の失敗があればどうしようもありません。自由貿易にメリットはなくなるというわけです。次に、ポリシー・ミックスによって市場の失敗は取り除けるという議論になります。
【命題2】
1. 国内経済に歪みが存在する場合、それに焦点を当てた国内(補助金付き税制)政策は適切であり、また自由貿易は最適貿易政策として残るだろう。そして、
2. 対外政策に歪みが存在する場合、自由貿易はその歪みに対処してとられた適切な最適貿易政策としては適切ではなくなる。
(略)貿易からの利益を最大化するには、自由貿易が必要である。したがって、歪んだ賃金格差が存在するハーゲン=マノエレスコの場合、ハーゲンは保護貿易の必要性を主張したが、バグワティ=ラマスワミは最適政策は賃金補助金税制プラス自由貿易であることを示した。(28-29ページ)
レトリックが入り組んでわかりにくいですが、こういうことです。
歪んだ賃金格差が存在する場合、賃金補助金税制を施行して歪みを取り除き、同時に自由貿易を行なうことが最適政策だと主張します。
【命題3】
他国が協調行動をとらない場合、単独行動をとる(つまり、一方的に貿易障壁を軽減する)。
【命題4】
他国が協調行動をとる(つまり、貿易障壁の軽減を互恵的に行う)場合、そのほうがさらによい。
【命題5】
単独行動をとる必要がある場合、他国もそれに倣う可能性がある。この場合、単独主義は結果的に互恵主義につながる。(103ページ)
バグワティはこう続けます。
他国が貿易障壁の軽減を拒否しているという理由だけから自国の貿易障壁の軽減を拒否してしまえば、われわれは貿易相手国の貿易障壁によって損をし、そしてさらに自分たちの貿易障壁によって再び損をすることになる。(104ページ)
互恵主義は誤りだと言うのです。市場の失敗(歪み)が観察される場合は「補助金付き政策プラス自由貿易」、他国の協調行動が得られない場合は、単独の自由貿易がけっきょく利得の最大化となるということでしょう。ゲーム論的な推論にのっとって自由貿易論を展開します。