過去になにがあったかなど関係ない
引きこもりの事例だけでは納得できない方のために、もうひとつの事例を挙げておきましょう。不登校やリストカットなどの問題行動についての考察です。
哲人 親から虐げられた子どもが非行に走る。不登校になる。リストカットなどの自傷行為に走る。フロイト的な原因論では、これを「親がこんな育て方をしたから、子どもがこんなふうに育った」とシンプルな因果律で考えるでしょう。植物に水をあげなかったから、枯れてしまったというような。たしかにわかりやすい解釈です。
しかし、アドラー的な目的論は、子どもが隠し持っている目的、すなわち「親への復讐」という目的を見逃しません。自分が非行に走ったり、不登校になったり、リストカットをしたりすれば、親は困る。あわてふためき、胃に穴があくほど深刻に悩む。子どもはそれを知った上で、問題行動に出ています。過去の原因(家庭環境)に突き動かされているのではなく、いまの目的(親への復讐)をかなえるために。
青年 親を困らせるために、問題行動に出る?
哲人 そうです。たとえばリストカットをする子どもを見て「なんのためにそんなことをするんだ?」と不思議に思う人は多いでしょう。しかし、リストカットという行為によって、周囲の人――たとえば親――がどんな気持ちになるのかを考えてみてください。そうすれば、おのずと行為の背後にある「目的」が見えてくるはずです。
青年 ……目的は、復讐なのですね。
フロイト的な原因論を否定し、トラウマの影響を否定し、自分の行動を目的論の立場でとらえなおすことは、かなり厳しい作業だと思います。
極端な話、原因論に立てば「いまの自分がこうなのは、親のせいだ」とか「生まれ育った環境のせいだ」と、責任転嫁することができます。
一方、アドラー的な目的論は、責任転嫁を許しません。「こんな自分」を選んだのは他ならぬ自分であり、なんらかの目的――たとえば努力をしたくないとか、失敗して恥をかきたくないとか、「やればできる」という可能性を残しておきたいとか――をかなえるために「こんな自分」であり続けている、と考えるのが目的論だからです。正面から受け止めるには、かなりの時間と勇気とを必要とする議論でしょう。
しかし、こう考えてください。アドラーの目的論は「これまでの人生になにがあったとしても、今後の人生をどう生きるかについてなんの影響もない」といっているのです。過去など存在しないし、トラウマも存在しない。あなたは「いま」、ここで自分の人生を選ぶことができるのだと。
われわれはタイムマシンで過去にさかのぼることなどできません。原因論の立場に立って「あんな家庭に生まれ育ったから」とか「あんな大学しか出てないから」と考えていたら、物事は一歩も前に進まないはずです。
原因論を切り捨て、目的論を受け入れる勇気を持ちえたときにこそ、はじめて自分を変えるチャンスが出てくるのです。
前編となる今回は「目的論」の話だけで紙幅が尽きてきました。次回の後編では、冒頭に紹介した「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」という言葉を出発点に、人生の悩みを一気に解決させる具体的方策を紹介していきたいと思います。
【編集部からのお知らせ】
岸見一郎/古賀史健著『嫌われる勇気──自己啓発の源流「アドラー」の教え』
【内容紹介】
世界的にはフロイト、ユングと並ぶ心理学界の三大巨匠とされながら、日本国内では無名に近い存在のアルフレッド・アドラー。
「トラウマ」の存在を否定したうえで、「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と断言し、対人関係を改善していくための具体的な方策を提示していくアドラー心理学は、現代の日本にこそ必要な思想だと思われます。
本書では平易かつドラマチックにアドラーの教えを伝えるため、哲学者と青年の対話篇形式によってその思想を解き明かしていきます。
【本書の主な目次】
第1夜 トラウマを否定せよ
第2夜 すべての悩みは対人関係
第3夜 他者の課題を切り捨てる
第4夜 世界の中心はどこにあるか
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