これまでのように、アンケート調査やグループインタビューをもとに製品・サービスを開発しても、常識のワクを超えることはできない。なぜなら、真の課題や ニーズとは、言葉にできない、本人すらも気づいていないものだからである。そうした課題に立ち向かう新手法として、「行動観察」が大きな注目を浴びている。
行動観察とは何か?なぜ今、必要とされるのか?行動観察の第一人者である大阪ガス行動観察研究所所長の松波晴人氏が、その魅力と真髄を語る。
(松波氏へのインタビューは最終回です)

行動観察はイノベーションに欠かせない

――行動観察は、イノベーションに寄与できると思いますか?

松波 イノベーションのためには、行動観察が必須だと思います。イノベーションと改善の違いは、前回触れた「リフレーム」があるかどうかです。改善は、それまでの考え方やとらえ方の枠組みの中で、さらによくしていくことです。一方、イノベーションは、それまでと異なる枠組みのとらえ方をして、新しい土俵を生み出すことを言います。たとえば、オーディオの音質を向上させるのが改善だとすれば、ウォークマンを生み出すのはイノベーションです。

――なぜ、行動観察がイノベーションを生み出すのでしょうか?

松波晴人(まつなみ・はるひと)
大阪ガス行動観察研究所所長。株式会社エルネット技術顧問。サービス学会監事。
1966年、大阪府生まれ。神戸大学工学部環境計画学科卒業、神戸大学大学院工学研究科修士課程修了後、1992年に大阪ガス株式会社入社。
基盤研究所に配属され、生理心理学、人間工学関係の研究活動に従事。アメリカ・コーネル大学大学院にて修士号(Master of Science)取得ののち、和歌山大学にて博士号(工学)を取得。
2005年、行動観察ビジネスを開始。2009年に大阪ガス行動観察研究所を設立すると所長に就任し、現在に至る。
著書に『「行動観察」の基本』(ダイヤモンド社)、『ビジネスマンのための「行動観察」入門』(講談社)、編著書に『ヒット商品を生む 観察工学』(共立出版)がある。

松波 それは、新しい仮説を生み出すのに適した方法論だからです。“場”に行くと、新しい気づきが膨大に得られます。机の上で考えることも重要ですが、それだけだと「自らの枠組みの中で思考すること」になってしまいます。従来の枠組み、それまでの自分の考え方をいったん脇に置いて、“場”で起こっていることを、まるで初めて外国に来た子どものように「どうして?」と不思議に思いながら観察する。これがすべての「新しい仮説」「新しい発想」の原点にあります。

――イノベーションをビジネスで起こすために、必要なことは何だと思いますか?

松波 私たち個人が、そして企業が「知的な勇気」を持つことだと思います。

――「知的な勇気」とは何でしょうか?

松波 「知的」と「勇気」と、2つに分けてご説明したいと思います。まず「知的」というのは、私たちがシャーロック・ホームズになる、ということです。

――シャーロック・ホームズになる?

松波 はい。シャーロック・ホームズは、鋭い観察眼と、膨大な知見をもとにした洞察力で、意外な犯人を見つけ出します。これをビジネスになぞらえると、膨大な“場”の情報を得たうえで、そこから本質的なインサイト(洞察)をつかみ、それまでの枠組みからすると意外なソリューションを導き出すことを意味します。ここでも、重要なのはまず「本質的な仮説を得ること」です。

――なるほど。行動観察でも、心理学や人間工学、エスノグラフィーなど、アカデミックな知見をもとに解釈をする、とおっしゃっていましたね。(第1回参照)

松波 仮説がなければ、検証のしようがありません。科学のステップにおいても、最初に「仮説を生む」ということをしなければなりません。それと同じですね。それまでの常識であった天動説が地動説に取って代わられたことも、まさにリフレームです。

――2つ目の「勇気」とはどういう意味でしょうか?

松波 「勇気」とは、「変革を起こすリーダーになる」ということを意味します。

――もう少し詳しく教えてください。

松波 リフレームされたソリューション、すなわちイノベーションは、その価値の評価が最初は難しいものです。ウォークマンがすごい、地動説がすばらしい、というのは今だからわかることであり、最初にそうした新しいフレームが提示されたときには、その価値を理解するのは難しいのです。たとえば、地動説を唱えた人たちは裁判にかけられて、火あぶりの刑になった人もいます。新しくて画期的な発想というのは、もろ手を挙げて賞賛されてきたのではありません。むしろ、その価値を理解できない人のほうが多いぐらいです。

――だからこそ、リーダーシップが必要になるということですか?

松波 その通りです。誰かがその価値を信じ続けて、抵抗勢力をものともせずに、実現に向けて動き続ける必要があります。そこには、リーダーシップが必ず必要です。第1回でも述べたように、現代のような「ダーウィンの時代」には、積極的に突然変異を起こす必要があります。「無難に失敗しないようにやっていこう」というアプローチは、リスクを避けているようで、リスクがより高まります。だから、今こそ「勇気」が必要なのです。

――新しいアイディアが提示されたとき、それがイノベーションなのか、それとも役に立たないアイディアなのかを、どうやって判別すればいいのでしょう?

松波 新しい枠組みのものであればあるほど、一般の人に事前に正しく評価してもらうのは難しいので、その判断もとても難しいですね。ただ、行動観察でわかった“場の人たち”の思いの本質と合致しているか、企業側が提供したいと思っている価値と合致しているか、それで判別できると思います。


【ダイヤモンド社書籍編集部からのお知らせ】

『「行動観察」の基本』(松波晴人 

アンケート調査やグループインタビューをもとにして製品・サービスを開発しても、常識のワクを超えることはできない。なぜなら、真の課題やニーズとは、言葉にできない、本人すらも気づいていないものだからだ。現場で観察した行動からソリューションを導き出す画期的新手法。

 

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