雑食から生まれた「元素間融合」技術
中山 ピュアで企業との共同研究が嫌だった、という割には、北川先生は化学だけでなく、物理の先生とも深く付き合ったり、金属の先生の知見もしっかり活用されていますよね。さっきは「元素戦略=化学だよ」と言っておきながら、実はさまざまなフィールドの中で顔を出して動いている。その結果がいまの北川先生の輝かしい研究成果につながっていると思うんですよね。他分野の全然違う知見を持ってきて、どんどん世界を広げている。東北大学の元副学長で金属学の大家に岡田益男先生という方がいますね。化学に手厳しいことで有名なんですが、そんな岡田先生でも北川先生のことだけは褒めるんですよ(笑)。
北川 褒めつつ、ひどいことも言うんですけどね。
中山 そもそもどうして、畑が大きく違う東北大学・金属の岡田先生と付き合うことになったのですか。
北川 そうですね。ふつう、化学の先生が科研費(科学研究費の補助金)をもらおうとすると、化学関係のプロジェクトに応募するのですが、たまたま東北大学の岡田益男先生をトップとする金属系の大きなプロジェクトが立ち上がり、研究者とテーマを公募していたんです。金属分野のプロジェクトなので化学系の人はアプローチしないんですが、これは面白そうだと思って応募してみたら、やっぱり僕一人だけが異質なテーマだったんですけど、採用してくれたんです。それまでは合金とか金属学というのは全然勉強していなかったのですが、そこで5年間、金属のプロジェクトに関わらせてもらった時にいろいろなことを教えてもらいました。
その岡田先生が「水素を材料の中に出し入れすることによって、通常は混じらない金属元素同士が混じることがある」ということを話されていて、「あ、これはいつか何かに使えそうだ」と思ったのです。これが後で「元素間融合」という研究につながっていくことになるんですけど。
岡田先生はいつも僕のことを、「北川さんは無知の知だ」と言っていました。つまり、金属学の先生方は教科書に書いてあることをそのまま信用して、寸分もそれを疑わずに研究をしがちなのに、僕は金属の専門家じゃありませんから、教科書とか金属の常識を無視して、「混ざらない」と言われている金属同士をなんとか混ぜて合金にしようとする。ふつうの金属の専門家は「そんなことをしても時間のムダだから」と手も付けない。たとえば、鉄と銅はいくら頑張っても混ざりません。いまだかつて、誰も混ぜたことがない。僕は今、それを混ぜようとしているんです。
交流を始めた科学者たち
──いわば武者修行で行脚しているようなものですね。北川先生とは逆に、金属系の人が化学の世界に入ってくるようなケースも結構あるものですか?
中山 その流れはかなり出てきていますよ。磁石は金属の専門家の世界なんですが、いまや化学の知見を取り入れていかないと、ハードディスクの中の磁石の組成の細かい制御とか、微粒子をコーティングしてうまく配合するといった次の次の世代ぐらいの磁石の話になってくると、従来の金属だけの知見ではもう戦えなくなっているんですね。だから研究室内に化学屋さんを雇いだしたり、化学者と共同研究をやりはじめているんです。それをやらないと、次の世代の磁石で勝っていけないわけで、旧来の学問領域だけで閉じていては出口にも行けないし、新しい機能も見つけられない時代にだんだんなってきたんですよ。
北川 金属学会とか化学会というのは、かなり保守的なんです。たとえば猛烈に暑い沖縄でも、全員スーツ・シャツ長袖で、ネクタイを締めているような(笑)。ただ、最近では鉄の分野でもカルチャーの違う新日鐵と住金が一緒になったし、新日鉄も以前からかなり化学を手がけています。いままで通りではダメだという危機意識が製鉄業界にも出てきているということですね。
中山 鉄も磁石も「何かやっていたら、いいものができちゃった!」という時代ではないですからね。いまはきちんと構造を解析し、計算し、狙った物質を原子レベルでその場所に置きに行かないといいものができない。物質・材料研究機構(NIMS)の宝野和博先生なんかはその典型ですよね。北川先生の研究もそうで、原子レベル物質や材料の中をで操作しているんです。
これができるのは、10年前に始まったナノテクノロジーの成果です。ナノテクって、一言でいうと「置きたいものを、置きたい場所に、置きたいだけ置く技術」なんですよ。以前はその技術が薄膜状態でしか使えなかったのが、いまはバルク(塊状)でも操作できるようになってきました。磁石も原子レベルでの設計によって、ジスプロシウム不要の時代も間もなく来ると期待しています。
日本として大きく資金を投じてきたナノテクノロジーですが、いま、化学、物理、金属などの分野が融合して一緒に花を開かせようとしている。その実験場が「元素戦略」の場なのではないかと思います。
──だから、産業界も基礎化学の知識、純粋理論を必要としはじめているということですね。
中山 そうです。「元素戦略」が始まって以来、各学会、あるいは学会と産業との間の交流が加速しています。最近では金属学会で日本化学会の会長が講演するとか、逆に化学会の集まりで日本金属学会の会長が講演する、物理学会の会長が講演するといった、昔では考えられない変化が起こっています。
北川 「元素戦略」と聞くと「戦略」という名前が付いているので、国からのトップダウンだろうと思ってしまいますよね。僕も最初はてっきりそうだと誤解していたんですけれど。化学会や金属学会など、そういう人達がボトムアップ的に「元素の新しい機能を探しだそう」とか「なんとか元素危機を打開しよう」という話を出して、それに文部科学省とか経済産業省などがあって後になって乗ってきて、そのあと中国に由来する危機がおきました。スタート時は化学会の人が多かったようですけど、今では、物理学会、応用物理学会、日本化学会、金属学会、材料系学会など、多くの学会がみんなで「元素戦略」に取り組んでいるわけです。
2014年3月8日(土)21:00 ~ 23:10、フジテレビにて放送の「土曜プレミアム・池上彰緊急スペシャル」内で「元素戦略」が紹介される予定です。ぜひご覧ください。
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