世界最高の専門家がSPring-8に
──SPring-8の坂田さんとは、そもそもどのような出会いをされ、どのような関係を維持されているのでしょうか。
1997年千葉大学大学院自然科学研究科博士課程修了。博士(工学)。民間企業の研究員から2002年に科学技術振興事業団へ。独立行政法人科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)フェロー、内閣府政策統括官(科学技術政策・イノベーション担当)付、内閣官房国家戦略室政策参与を経て、現在、JST科学技術イノベーション企画推進室参事役、JST・CRDSフェロー/エキスパート、文部科学省元素戦略プロジェクト・プログラムオフィサー。各種の政府委員等も務める。
北川 「元素戦略」を進めるうえでとくに大切なのは「研究者仲間との共感、シンパシー」だと僕は思っています。これは、有川節夫九州大学総長から教えてもらったことです。クレストのプロジェクトでは僕が全体のリーダーになり、解析や計算などの面で僕の研究に全面的に協力してくれる人たちをグループリーダーとして選びます。ですから、成功させようと思ったら、その人たちとの間で人間的にも、プロフェッショナルとしても「共感」しあえる必要があります。
たとえば、SPring-8 を使う際、初めて坂田さんに会い、自分のやりたいことを説明したところ、坂田さんから「セラミックスや金属ならできますが、そんな有機物みたいな錯体構造だと、X線ですぐに壊されるから絶対に無理です」と言われたのです。坂田さんがX線の構造解析の専門家で、特にこういうナノオーダーの薄膜の構造解析では世界トップの人だとわかっていましたから、何としても味方に付けたい。そこで必死になって、「坂田さんはこの分野では世界トップの人だと聞いています。そんな坂田さんでも、やる前からダメというんですか。もしやってみて、坂田さんとSPring-8でもできないことだったら諦めますから、一度、付き合ってもらえませんか」と頼み込みました。その後、僕の情熱とか、研究テーマの面白さも手伝ってか、最終的には「よし、やったろうか」ということになったのだと思います。坂田さんは僕のサイエンスに5年間、徹底的に奉仕してくれました。通常、共同研究だとフィフティ-フィフティの関係ですが、このクレストではプロジェクトリーダーが全権を持っていて、そのサイエンスにどれだけ滅私奉公してくれるかが成功のポイントです。そういう、まさに献身的に協力をしてくれる人たちがいるからこそ、大変で困難なプロジェクトもうまく進むのです。
中山 その当時、すでにSPring-8には有機物にX線を当てても測定できるような仕組みが備わっていたのですか。有機物とか、錯体のようなものを測定することが無理であれば、道具立ても新たに揃えないといけなかったはずですね。
北川 そうです。最初は金属やセラミックを対象とした装置で実験を行ないましたが、やはりうまくいきませんでした。全体の研究総括をされていた新海征治先生も非常に心配してくれていました。そんなとき、坂田さんが「数千万円かかるけれど、もしそれを出してくれて装置を改造できるなら、私は絶対にデータを出してみせます」と、総括リーダーの新海先生に直訴してくれたのです。そこで新海先生がJSTにかけあって追加資金を出してもらい、坂田さんも見事に成果を出してくれました。
世界トップの性能
──ちなみに、SPring-8はひと言でいうと何を分析する装置ですか?
北川 SPring-8は放射光を発生する装置で、非常にエネルギーレベルの高いものから低いものまで、幅広いレベルの光を出せます。具体的にはX線、可視光、赤外線などですね。ガンマ線も出せます。X線の場合は結晶構造がわかりますし、X線を当てると電子が励起されて、また元素に応じたX線が出てくるんですけど、これで元素分析もできます。複雑なタンパク質のDNA構造などもX線で決めることができます。
中山 SPring-8のような装置は、外国にもありますよね。それらと比べて性能的にはどうなんですか。
北川 トップだと思います。世界で2つだけ放射光施設を挙げろといわれたら、1つは日本のSPring-8です。8GeV(ギガ・エレクトロンボルト)のエネルギー、周長は1400m。もう1つはフランスのグルノーブルにある放射光施設ESRFで、6GeV、周長は840mです。アメリカのアルゴンヌ国立研究所の放射光施設も有名です。
──SPring-8に対して、筑波にも高エネルギー加速器研究機構(KEK)の装置があるようですが、同じような研究に使えるものですか?
北川 SPring-8のほうが高エネルギー物理学研究所よりも出力エネルギーは高いです。高エネルギー物理学研究所では、原子をぶつけるような素粒子研究にも利用されていますし、SPring-8のような放射光を使った実験もできます。ただ、SPring-8のほうが産業利用とか出口を目指した使い方に利用していることが多く、高エネルギー研究所のほうはどちらかというと、基礎的な研究に使われていることが多いように感じています。
中山 SPring-8というのは人気が高く、順番待ちがすごいですね。円形の施設の中に小部屋がずっと配置されていて、SPring-8を使う企業などがそこで盛んに研究していますね。
北川 大人気です。SPring-8を使うための倍率も5倍になることもあります。ただ、倍率が高いと言っても抽選ではなく、あくまでテーマ、内容、過去の実績などで選ばれます。年に2回しか公募がありませんので、1回落ちると、次は半年先の公募まで待たないといけないし、2回落ちてしまうと、翌年待ちになります。
中山 最近は「元素戦略」関連のテーマだとなると信頼されていますので、選ばれやすい傾向にありますね。