サイエンスに必要なのは「観察眼」

──もう1つ心配なのは、若い人がサイエンスに向かわなくなっている。日本はサイエンスの力で生きていくしかないと思うのですが、この辺をどうすればいいのか、という点についてはいかがですか。

中山 大学に入ってきたとき、多くの学生は「将来、社会に対して何かいいことをしたい。できればそれを仕事にして生きていきたい」とみんな考えていると思うんですよ。二酸化炭素を削減することに貢献するところで働きたい、ライフサイエンスで少子高齢化に歯止めを掛けたい、地方での医療対策をしたいとか、そういう感覚で漠然と方向性を決めているんですよね。でも、実はそこはイバラの道だったり、就職口がなかったりしているのが現状です。
 「元素戦略」の研究成果を社会に還元する姿を見せたり、異分野の人が共同して仕事を進める姿を実地で見せることで、「社会に役に立ちたいなあ」という学生の気持ちともマッチして、「私もサイエンスをやっていこう」「日本の国の産業競争力にしっかり寄与していきたい」といった方向に多少なりとも、若い人が進んでいくのではないかと期待しています。

北川 僕は「理科離れ」を防ぐには、大学に入ってからでは遅すぎると思います。日本の教育はいま大学院に重点を置いていて、僕らの肩書きも大学教授ではなく、大学院教授になっていますよね。国は大学院での教育が一番大事と考えている。けれども、大学院では完全に遅いです。鉄は熱いうちに打てという意味では、高校生でも遅いかもしれない。
 サイエンスにとって何が一番大事かというと、「観察眼」を身に付けることだと思うんですよ。僕が幼稚園や小学生の時には周りに自然がたくさんあって、テレビやテレビゲームも少なく、外でみんな暗くなるまで走りまわって遊んでいました。自然が相手でしたよね。自分で言うのも変ですけど、飲み屋さんに行った時でも置いてある物の配置が違っているとか、女性の髪型が変わっていると、すぐに「あれ?」と気付くんです。サイエンスをするには観察眼が重要で、実験をやっていても、「いつもと何か違うぞ」ということを肌で感じる必要があります。目、鼻、耳、手、口や第六感(勘)まで総動員して「何かおかしい」と感じる。それが発見なんです。いつもと違うのを見逃さない。見逃したら終わりなんです。では、その観察眼はどこで培われたのかなと思うと、小さい時に自然の中で遊びながら身に付けた観察力ではないかと思うんですね。近くの淀川の土手で毎日遊んで、小魚、エビ、トンボ、タンポポ、カエル、トカゲ、バッタなんかを観察していたし、その後に引っ越した奈良も自然環境抜群の場所に住んでいたので、周りは山ばっかり。そこで遊ぶ、自然が先生です。
 今の子どもは残念なことに、そういう経験をなかなか積めないし、ゲームでバーチャルなものばかり扱っていますよね。それが一番悪いのではないかと思います。自然の中で生き物の様子や川の流れの速いところ・遅いところ、雨雲が急にやってくる感覚などの観察術を身をもって育てることが重要だと思いますね。それがサイエンスへの観察眼を育て、自然に理科好きになる秘訣ではないかと思います。

中山 理科系が活躍している姿を小学生に見せることも必要かなと思っています。たとえば、理系卒の人が儲かっている姿を見せたっていいではないですか。北川先生のように若くて優秀な先生が、真っ赤なフェラーリを乗り回して京都大学に颯爽と乗り付ける、といった姿ですね(笑)。「大学の理学部の先生になると、名前も売れるけど、フェラーリにも乗れるんだ、ついでにモテそうだ」ぐらいのイメージでしょうか。企業にも、「理系に行くと給料が2倍もらえる」くらいの思い切ったことをしてもらいたいですね。
 アメリカは基本的に終身雇用ではない国だけど、理科系の教授になると終身雇用が保証されます。だから、理科系へ行きたいというインセンティブが強く働く社会構造なんです。ところが日本は本来は終身雇用だったのに、理科系のポスドクだけが先行して終身雇用でないポジションをつくられてしまった。そこで、優秀な人でも修士でやめる、文系に転ずるという形で人材が流れた。これは日本全体の設計ミスです。そういう中にあっても、「元素戦略」のようなプロジェクトが日本の産業を支えていることがわかれば、理科系を目指す人、日本品質といわれる部品・材料の分野を目指す人も増えてくるのではないかと思っています。

北川 いま言われたインセンティブのなかには、給料も入りますからね(笑)。

中山 ドクターコースを出れば一定以上の給料が保証される、というのがわかっているから、アメリカでは理系に行くインセンティブが働きます。これは悪いことではない。M.I.Tやスタンフォード大学に行くと、フェラーリやポルシェが止まっているのをときどき見かけるんですよ。そういう姿を学生に見せたいなあ。

北川 僕も少し前までは、結構、ひどい格好をしてたんですよ。教授になっても最初の数年はジーパンだったし、シャツは外に出すし、ネクタイはしないし。しかも生活スタイルはというと、夜遅くまで研究室に籠もっているじゃないですか。そうすると、学生は「将来、ドクターに行って北川先生のようになりたい」なんて誰も思わないんですね。

中山 それで最近はバシッと決めているんですか?(笑)
 


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