グローバリゼーションの果実を認め、
同時に弱者救済も目指したギデンズ
1997年以前、つまりブレア政権の前はマーガレット・サッチャー首相(1979-90)からジョン・メージャー首相(1990-97)へ、保守党政権が続いていました。
サッチャーは英国経済を立て直すために民営化、自由化、市場化といった新自由主義の経済政策を動員します。経済学でいえば、政府の介入を排するフリードリヒ・ハイエク、ミルトン・フリードマンといった自由主義経済学者の考え方を取り入れたのです。鉱山会社や鉄道、電力、通信など、国有企業を次々に民営化しました。また、金融の自由化(資本移動の自由化)も進め、ロンドンのシティー(金融街)を復活させました。
1989年の東欧革命で社会主義国が次々と崩壊し、資本主義体制へ移行します。そして90年代半ばにはインターネットの普及が始まり、金融のIT化も進みます。こうして資本主義、とくに金融は一挙にグローバル化が進展したわけです。資本の移動は瞬時に国境を越え、地球をぐるぐる回って利益を生みます。モノのグローバルな移動は、もちろんそれ以前から進んでいたわけですが、金融のIT革命は猛烈な勢いで全地球的な規模の資本主義世界を生みました。これがグローバリゼーションです。サッチャーは見事にグローバリゼーションの果実をつかんだのです。
そこで労働党ブレア政権は「第三の道」を広言します。つまり、社会民主主義的な福祉国家と、サッチャーの新自由主義路線の中間、「第三の道」です。これこそギデンズの主張だったのです。サッチャーによる民営化・自由化路線の果実は継承し、弱者を救済する政策も取り入れるというものでした。この「第三の道」路線は各国の経済政策に大きな影響を与えています。この点については、ギデンズは別の本で詳細に書いています(ギデンズ『第三の道』佐和隆光訳、日本経済新聞社、1999)。