子供をダメにする親子の距離感とは

柳沢幸雄(やなぎさわ・ゆきお)東京大学名誉教授。開成中学校・高等学校校長。シックハウス症候群、化学物質過敏症に関する研究の世界的第一人者として知られる。1947年、疎開先・千 葉県市川市の母の実家で出生。1971年、東京大学工学部化学工学科を卒業後、日本ユニバック株式会社にシステムエンジニアとして勤務し、激務のかたわら、週15時間英語の勉強に打ち込む。1974年、水俣病患者を写したユージン・スミスの写真に衝撃を受け、化学工学を勉強すべく、東京大学大学院工学系研究科の修士課程・博士課程に進学。この頃、弟と一緒に学習塾の経営を始める。東京大学工学部化学科の助手を経て、1984年にハーバード大学公衆衛生大学院環境健康学科の研究員の職を得て、家族を連れ渡米。その後、ハーバード大学公衆衛生大学院環境健康学科の助教授、准教授、併任教授として空気汚染の健康影響に関する教育と研究に従事、学生による採点をもとに選出される「ベストティーチャー」に数回選ばれる。1999年、東京大学大学院新領域創成科学研究科環境システム学専攻教授に就任。2011年より現職。

髙橋 そうは言っても、お母さん方の意識を変えるのも、なかなか大変ではないでしょうか。

柳沢 子育てには、“求められている”という充実感がありますからね。子育てが終わった母親たちに聞くと、「あの時期が一番充実していました」と言う人が多い。気持ちはわかるけれど、そこをうまく断ち切って、旦那さんのお世話をしてあげて欲しいと(笑)。

昔は平均寿命も短かったから、子育てが終わる頃には人生の終焉を迎えていたけれど、今は子育てが終わった後、もう1回分くらいの人生がある。そこをどうハッピーに過ごすかを考えると、夫婦のあり方を見直して、うまく関係性を作っていくことが大事じゃないかと思うんです。

そのためには、「子供がすべて」と考えるのではなく、「子どもは夫婦の闖入者」というイメージを持っておく。すると、子育てが終わったあとも、夫婦がハッピーでいられるような気がしますね。

髙橋 先生がお書きになった『ほめ力』を読んでいて、世のお母さん方は、子供だけでなく、夫もこうして褒めて育てたらうまくいくんじゃないかと感じました。例えば、電球ひとつ換えるにしても、「ありがとう! あなたがいなければこの世は真っ暗よ」なんて言われたら、私なんかは喜んでやっちゃいますね。基本的に単純ですから、我々は。

柳沢 人間誰しも褒められたらやる気が出るし、伸びていきますからね。それは夫婦でも、子供でも、会社の部下でも同じ。いくつになっても褒められるのは単純に嬉しいものです。

ただ、褒めるのは、実は難しい。上手に褒めるためには、褒める側に明確な価値観がなきゃいけない。“私はこれが望ましいと思っている”という価値観がないと、思いが伝わらない。だから、みんな褒めるのが下手なんです。

髙橋 上手な褒め方ってありますか?

柳沢漠然と「いいね」と褒めるのではなく、具体的に「この項目がこんなふうに良かった」と伝えることです。叱ってばかりでは、“やっちゃいけない”というメッセージしか伝わらないので、“それならやらないほうがいい”と指示待ち族を作ってしまうんです。