ソニーが電気座布団会社にならなかった理由

 同書でも紹介されていますが、ソニーの井深大氏が食うや食わずの時代に「会社の設立趣意書」をつくり上げた点は注目すべきです。

【ソニーの会社創立の目的】(※同書より抜粋)
・技術者たちが技術することに喜びを感じ、思いきり働ける職場をこしらえる
・日本再建、文化向上に対する技術面生産面よりの活発なる活動
・非常に進歩したる技術の国民生活内への即時応用

 設立当初のソニーは、食べるために失敗作の炊飯器、和菓子、粗雑な電気座布団など、何でもつくってみました。もし当時のソニーが電気座布団の製造販売で成功して、会社が生き残ることができたとき、このような創立の目的がなければどんな危険があるか? ソニーに気高い目標や理想がなければ「電気座布団をつくる会社」となり、その製品をつくることで、日々の糧を得るだけの組織になったかもしれません。

「会社の成功とは、あるアイデアの成功だと考える起業家や経営幹部が多いが、こう考えていると、そのアイデアが失敗した場合、会社まであきらめる可能性が高くなる。そのアイデアが運よく成功した場合、そのアイデアにほれこんでしまい、会社が別の方向に進むべき時期がきても、そのアイデアに固執しすぎる可能性が高くなる」(同書より)

 私たちは日々行っていること、特に成功していることから「離れること」が苦手であり、理想のないまま電気座布団で成功したら、その製品に固執するかもしれないのです。ところが、ソニーの創立の目的は「日本再建」「最新技術の国民生活への即時応用」なのですから、会社の目的を思い出すなら、電気座布団に安穏とはできず、この製品カテゴリから離脱することができたのです。

 世界的な優良企業P&Gは、1837年になんの変哲もない石鹸とろうそくを製造する会社として始まりました。ソニーと同じく、特別なアイデアで創業したわけではなかったのです。当時、オハイオ州シンシナティだけでも同種の企業は18社もあったのですから。

特別な会社を目指し、特別な会社にいると従業員が信じる力

 私たちは製品に夢中なとき、結果を出し続けるための会社づくりを怠ります。だからこそ「特別な会社の発明」を最優先し、努力するリーダーの組織だけが永続するのです。

 一時的にでも成功を味わうと、時代や流行の転換点で、既存の顧客、既存のビジネスから手を離すことがなかなかできません。基本理念や大胆な目標は、リセットの大切さを思い出させる効果があり、時代の谷間を飛び越える発想の飛躍を生み出しているのです。

「8つの生存の原則」を根底から支えるのは、この会社を特別な存在にするリーダーと、特別な会社にいると、従業員が心から信じる力です。特別と信じることが、特別な製品を目指し、他社ができないことを成し遂げる気概につながっているのです。

 なお、『ビジョナリー・カンパニー』はその約10年前に提唱された『エクセレント・カンパニー』と比較されることが多いようです。エクセレント・カンパニーは巨大組織となっても小さな組織の優位点を失わないようにする戦略でしたが、ビジョナリー・カンパニーは時代の転換点を乗り越えて、発想力の衰退を防ぐ要素が加わった存在、と言えるのです。

※この記事は、書籍『戦略の教室』の原稿を一部加筆・修正して掲載しています。


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鈴木博毅(すずき・ひろき)
1972年生まれ。慶応義塾大学総合政策学部卒。ビジネス戦略、組織論、マーケテイングコンサルタント。MPS Consulting代表。貿易商社にてカナダ・豪州の資源輸入業務に従事。その後国内コンサルティング会社に勤務し、2001年に独立。戦略論や企業史を分析し、新たなイノベーションのヒントを探ることをライフワークとしている。日本的組織論の名著『失敗の本質』をわかりやすく現代ビジネスマン向けにエッセンス化した『「超」入門 失敗の本質』(ダイヤモンド社)は、戦略とイノベーションの構造を新たな切り口で学べる書籍として14万部を超えるベストセラーとなる。その他の著書に『企業変革 入門』『ガンダムが教えてくれたこと』『シャアに学ぶ逆境に克つ仕事術』(すべて日本実業出版社) 、『空気を変えて思いどおりに人を動かす方法』(マガジンハウス社)などがある。