競争しないことで高価格・高利益を実現する

「競争相手が増えるにつれて、利益や成長の見通しは厳しくなっていく。製品のコモディティ化が進み、競争が激しさを極めるため、レッド・オーシャンは赤い血潮に染まっていく」(有賀裕子訳『ブルー・オーシャン戦略』より)

 シルク・ドゥ・ソレイユの場合、レッド・オーシャン(既知の市場空間)での戦いは従来のサーカスと同じように高額のパフォーマーを雇い、維持コストの高い動物を使い、ターゲット顧客である子どもたちを大手と争って獲得する、というイメージです。

 しかし、レッド・オーシャンの言葉通り、これでは投下した資本を高い効率で利益に転換できません。市場の広がりがなく、他社と比較して独自の魅力もないからです。レッド・オーシャンでの戦いは、激烈で儲からないのです。

 企業がレッド・オーシャンの戦いを重視する理由は、過去の戦略論の概念が原因です。「領土が限られているため、敵を打ち負かさないと繁栄できない」(同書より)という、歴史上の戦争の制約条件を、ビジネスに持ち込む誤解が不毛な戦いを助長しているのです。

 リアルなビジネス界では、新たな市場の開拓で成功した事例が溢れています。ブルー・オーシャンを生み出すことを狙った新規事業は、レッド・オーシャンでの新事業に比べて利益の面で企業により大きく貢献している点も指摘されています。

「差別化」と「低コスト」でマーケットを拡大する方法

 新市場の発見という概念は、近年の優れたイノベーション論では何度も語られています。ブルー・オーシャン戦略を提唱したW・チャン・キムとレネ・モボルニュは、共にフランス INSEAD の教授であり、2013年には「Thikers50」の2位に選出されました。

 二人の視点がユニークなのは、実際に企業がこの戦略を導入する過程の考察にあります。注目すべき点は、「差別化」と「低コスト化」を同時に実現すべきだと何度も強調していることです。「差別化」のみで新規市場の開拓を狙っても、コスト優位性がなければ、あとから参入した別企業に、簡単に新市場を乗っ取られることが理由でしょう。

「イノベーションと価値を結びつけられなかった場合、技術イノベーターや市場のパイオニアは往々にして、自分たちで卵を産み落としながら、他社にそれを孵化される、という運命をたどりかねない」(同書より)

 イノベーションと価格、コストなどを調和させて、消費者側に魅力的な変化となることを「バリュー・イノベーション」と呼び、この戦略の中心軸としています。

 また、新たな機能や利便性が増すことで、高価格に転嫁した商品にも否定的です。このような商品(と高価格)では購入者の数が増えず、機能上のイノベーションが含まれていても、新たな市場を十分な大きさで生み出す原動力とならないからです。

 ブルー・オーシャン戦略ではイノベーションの重要性と同時に、それをマーケット化するアプローチ法にも力点が置かれています。新たに発見した市場の「サイズ(大きさ)」をどれほど魅力的にできるかが議論されている点も優れています。

 一つの懸念は、有望な新市場を発見する作業を企業戦略の中心軸にすることで、地味で時間のかかる技術蓄積型のイノベーションを起こす能力が弱まる危険性です。ブルー・オーシャン戦略の技術は、多くがマーケティングに属しており、時に大きな効果があることでそれ以外の能力の蓄積を軽視する雰囲気を企業に生み出しかねないのです。