いかによく生き、
いかによく死ぬか

 21世紀が「医療の世紀」になると聞いても、どこか他人事のような感覚が拭えないかもしれません。また、医療技術の進歩や長寿社会の実現など、仕事や経済と直接関係のない文脈でこの言葉を理解する人も多いでしょう。

すべての仕事は“医療”であると語る北原氏。

 そこでもうひとつ、重要な時代のキーワードを掲げたいと思います。

 それは「すべての仕事は“医療”である」という言葉です。

 医療の目的は、病気を治療することではありません。レントゲンを撮ること、手術をすること、薬を処方することだけが医療なのではありません。

 医療とは、人間にとっていちばん大切なテーマ、「いかによく生き、いかによく死ぬか」を支援するアプローチのすべてを指すのです。

 その意味でいうなら、おいしいお米や野菜をつくる農家の方々は、立派な医療者です。あるいは、こんな例を紹介しましょう。いまから20年以上前、私は新疆ウイグル自治区から来たカザフ族の若者と知り合いになりました。医学留学生だった彼は、休暇の一時帰国から再来日するたび、楽しみにしていたことがありました。

「先生、僕は新疆に里帰りしてから日本に戻ってきたとき、真っ先に行くところがあるんですよ」

「どこに行くの?」

「成田空港の喫茶店です」

「喫茶店? 日本のコーヒーが好きなの?」

「違うんです。日本の喫茶店に入ると、清潔な制服を着たウェイトレスさんが、冷たい水とおしぼりを持ってきて優しく微笑みかけてくれる。中国ではありえないことです。中国では少数民族として差別されるし、ウェイトレスはいつも不機嫌で、ものを投げてよこす。日本の喫茶店に来ると、僕は心が安らぐんです」

 われわれ日本人が当たり前のように受け取っているサービスも、海外の方々にしてみれば驚くべきホスピタリティなのです。もちろん、ここで心の安らぎを与えている喫茶店の方々も、医療者だと呼べるでしょう。

 では、自分自身を振り返って考えてみてください。

 あなたの仕事は誰かを幸せにしているか。

 もし、自分以外の誰かを幸せにしているのだとしたら、その仕事は「医療」だと言えます。たとえ白衣を着ていなくても、あなたの仕事には「医療」が含まれているのだし、あなたは大切な医療者なのです。