キャンバス社長 河邊拓己(撮影:宇佐見利明) |
「ガンを治したい」
キャンバス社長の河邊拓己が医学の道を志したのは、高校時代に先輩の日記を読んだのがきっかけだった。
その先輩は高校時代に骨肉腫になり、闘病しながら東京大学に進学したが若くして亡くなった。彼の苦悩を綴った日記に心を揺さぶられたのだ。
獣医や原子物理学者に関心があったが、先輩の死を通じてガンと闘うことを決意した。
目標どおり、京都大学医学部に進み、内科医となった河邊だったが、現実には無力感と焦燥感を味わう日々を送っていた。
というのも、乱暴な言い方をすれば、内科医の仕事は患者にガンの宣告をしてしまうと、それでおしまい。外科手術も化学療法も内科医の仕事ではない。
しかも河邊が内科医だった1980年代半ばからガン研究は飛躍的に進歩し、そのほとんどが実現することはなかったが、新聞には「ガンに夢の新薬」の文字が躍っていた。
大学卒業時に基礎研究に進む選択肢もあったのに、「基礎研究はまじめな人がやるもの」という先入観で内科医になったことを後悔するばかりだった。
「ガンを治したい」という自らの原点に立ち戻り、再び母校京大の大学院生として基礎研究に携わるのは、内科医になってから3年後、八六年のことである。
ガン細胞だけを攻撃する新薬候補物質を創出!
武田薬品工業と共同事業
大学院卒業後の90年に京大ウィルス研究所、91年から米ワシントン大学留学、帰国後の96年に名古屋市立大学医学部分子医学研究所と、河邊は一貫してガン研究の道を歩み続けた。
医学界のガン研究はさらに進歩し、ガン細胞の発生プロセスなども解明されていった。90年前後から河邊が取り組んだのが、このプロセスを利用した抗ガン剤の新物質創出である。
そもそも細胞には、分裂時にDNA損傷を自己チェックする機能がある。DNA損傷があるまま分裂すると、細胞は多くの場合死滅するからだ。まずG1期と呼ばれるDNA複製前の段階でDNA損傷がないかをチェックする。さらにG2期では複製したDNAに損傷がないかをチェックする。
だが、ガン細胞の多くはG1期のチェックが機能せず、G2期のチェックのみが機能している。そこで、DNAを損傷させる薬剤とG2期のチェック機能を阻害する新物質を一緒に投与すれば、正常細胞はG1期のチェック機能により大きな影響を受けないが、チェック機能を失ったガン細胞は死滅する。つまりガン細胞を狙い撃ちできる。