文化が根づいていれば決断の負担が省ける

エバ 私はスティーブとジェニーにトレンドマイクロを託され、CEOとなりました。その間、あらゆることを経験してきたと思っていましたが、この本を読んだら知らないことがたくさん書かれていました。トレンドマイクロという物語全体を把握していなかったのです。まわりの環境がわからないまま、ひたすら水中を泳いでいる魚のようでした。

世界で闘う仲間のつくり方【前編】<br />オープンシステムとしてのトレンドマイクロエバ・チェン[トレンドマイクロ 社長CEO]          台湾生まれ。1988年にトレンドマイクロを共同創業し、当初から技術責任者として経営に携わる。長年のCTO経験を経て2005年に社長に就任。

 野中先生は、日本企業の経営者は引き際が自分で決められず、だらだら居座りがちだとおっしゃいました。確かに問題だと思います。

 一方、欧米企業のトップは長くつとめません。好条件の企業に自分から移ったり、取締役会で追放されたりします。企業そのものの売買もさかんです。経営者の任期は短く、継続性はありません。

 日本企業は変わらなさ過ぎる、欧米企業は変わり過ぎる。対照的というわけです。私はこの本を読んで、東洋と西洋とで経営手法が異なっていること、単なるアメリカ式、日本式という分け方もできないことを学びました。

 組織文化を豊かにするには、企業の継続性を高めればよいのです。マネジメントは日々変わらざるを得ず、マネジャーは自分の性格を企業に持ち込みます。つまり、何もしないでいると、企業文化はどんどん薄まってしまうのです。

 ビジネスの決断はあれかこれか迷いながら行うものです。何をなすべきか、なさぬべきか、個々の人間の物差しだけが頼りになります。ただ、企業に良質の組織文化が根付いている場合、それに合うように決断すればよいわけですから、負担が減ります。

 この本を読んで、戦略についても大きな気づきがありました。欧米企業は戦略について語るのが好きです。しかし、最終的に戦略が企業文化にフィットしない場合、それを実現するのは不可能です。いかに素晴らしい戦略であっても、です。

 われわれは、かつて、アメリカで企業を成長させたいなら、業界一の規模になることが必須であり、そのための一番よい方法はライバル企業を買収することだ、と3人で話したことがあります。万一そうしていたら、買収企業の文化をどうやって維持するべきかという問題に直面したでしょう。重複した経営資源をそぎ落とさなければならなくなったかもしれません。

 でも、それがトレンドマイクロの文化でしょうか。果たしてそれができたでしょうか。

 いえ、できなかったでしょう。われわれには切り捨てるという文化がないのです。つまりはそういう戦略はわれわれにはふさわしくないのです。

野中 継続性ということで思い出しました。アメリカの経営学者クレイトン・クリステンセンが唱えた破壊的イノベーションという概念があります。『イノベーションのジレンマ』という彼の著作とともに一世を風靡しましたが、最近、ある女性の歴史学者がこれに疑義を唱えました。彼女いわく、クリステンセンの研究には歴史観が欠如していると。

 つまり、エバさんご指摘のように、経営には継続性が非常に重要で、いくら「破壊的」イノベーションであっても、何らかの蓄積あってのものなのです。クリステンセンは既存の市場をひっくり返すようなイノベーションがいきなり現れるかのように描いていますが、きちんとプロセス、つまり歴史を追って調べれば、そんな「破壊的」イノベーションはあり得ないという話になります。

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