吉田尚記(よしだ・ひさのり)
1975年東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。ニッポン放送アナウンサー。2012年第49回ギャラクシー賞DJパーソナリティ賞受賞。「マンガ大賞」発起人。株式会社トーンコネクト代表。ラジオ『ミュ〜コミ+プラス』(ニッポン放送)、『ノイタミナラジオ』(フジテレビ)等のパーソナリティを務める。マンガ、アニメ、アイドル、デジタル関係に精通し、常に情報を発信し続けている。最新著書は『なぜ、この人と話をすると楽になるのか』(太田出版)。

吉田 コミュニケーションの話に戻せば、自分の目の前にむっとした様子で黙っている人がいたとしても、「この人は何か恐ろしいことを考えているんじゃないか」と思う必要は、まったくないということですね。

岸見 そのとおりです。『嫌われる勇気』のなかに、吃音の人たちが集まるセミナーで講演をした話を書きました。吃音の人の多くは、「自分がどもると相手からバカにされるんじゃないか」と思っています。でも言葉を噛んでしまって、話がスムーズに出てこない人がいたとしても、ほとんどの人は黙って待ちますよね。ところが過去に、一度か二度、嫌な経験をしたことがあると、それを普遍化して「すべての人が私の吃音をバカにして笑っている」と思い込んでしまうんです。

吉田 うんうん。

岸見 カウンセリングにそういう人が来られたときは、「そんなことはありませんよ。試しに一回、まわりの人をよく観察してみましょう。もしも本当に、あなたの吃音をバカにして笑う人がいたら、次回の面談のときに報告してください」と伝えるのです。

吉田 それで実際に、報告を受けたことはありますか。

岸見 一度もありません。そんな人、まずいませんから。そういえば僕が診た吃音の人に、こんな人がいました。その人はカウンセリングに通ううちに、自信が持てるようになったことから、あるとき一大決心をして「朝、知らない人にあいさつをしよう」と決めたのです。地元の駅でよくすれ違う、互いに顔は知っている人に、「おはようございます」と声をかけるようにした。すると10人のうち8人は、にこやかにあいさつを返してくれたのです。

吉田 おおお。

岸見 彼にとってそれは大きな進歩でした。勇気を出して、一歩を踏み出すことで、「他の人はそんなに怖くない」ということに気づいたのです。それで彼は、吃音であることが気にならなくなり、やがてタクシーの運転手になりました。
 タクシーの運転手さんの仕事は、お客さんと世間話ができなければ、きびしいですよね。ところが彼は、すぐにリピーターのお客がたくさんつく、大人気の運転手になったのです。乗ったお客さんから「帰りも迎えに来てや」と、頼まれるようになった。

吉田 それはきっと、その人といると……。

岸見 楽しいからですね。吉田さんの本の題名のとおり「この人と話をすると楽になる」んです。あるときには若い男性のお客さんと会話していて、「おっちゃん、よう噛むなあ」と冗談で言われたそうです。もし彼自身が、どもることに対して身構えるようなオーラを漂わせていたら、お客さんは絶対にそんなこと言えませんよね。彼自身が、「人に対する恐れ」を手放したから、周りの人もごく自然に彼と接してくれるようになったのです。