河合 キャリア形成には2つのパターンがあって、1つは、いろいろなチャンスを求めて能動的に自分から動いていくタイプの人と、もう1つは、ある会社で働き始めたら、言われたことを一生懸命に誠実にこなしていて、その努力を認められて出世していく人です。
『自分の小さな「鳥カゴ」から飛び立ちなさい』にも書いたように、MBAを取得した後、英国、フランス、スイス、ポーランドのような国で苦労しながら就活を行い、ある意味ではグローバルなキャリアをつくってきました。私のヨーロッパでの友人達も同様に常に自分から行動しています。
企業の終身雇用制が変わりつつある現在、自分から積極的にキャリアを求めていかないスタイルで本当に大丈夫なのかなと疑問に感じています。入社して、上から言われることだけをやっているだけでいいのかなと。転職するしないにかかわらず、常に勉強してスキルを身につける。つまり、自己投資をしていく必要があると思います。
水永 非常に本質的な話になりますが、全員がリーダーかと言えばそうではありません。必ずリーダーとフォロワーが必要です。リーダーシップを持つ人と、グッドフォロワーになる人も必要なんですよね。リーダーだけではなく、グッドフォロワーを育てることも教育になると思います。多様性をしっかりと認める、自分の意見をはっきり言う。もちろん、自分の意見を言うことイコールリーダーではなく、フォロワーとしての意見もあります。
河合 フォロワーの人は、言われたことをしっかりやる、という日本の昔の大企業的な教育でいいと思いますか?
水永 日本の従来の人たちは裏で言うじゃないですか。裏の会議体で不満を言って、自分たちの思うことを通していったりする。そうした第二の意思決定機関があることも少なくありません。たとえば、「飲みニケーション」という場です。「あの部長とあの部長が飲んでいて、これが決まったらしいぞ」と、下々まで伝わってくることもあるわけですよ。「それって何の会議体なの?」と思います。
河合 ありますね。企業以外でもあります。
水永 本当の取締役会だけではなく、裏の派閥がいっぱいあります。日本は政治もそうですね。派閥の方向をしっかりと見ておかないと間違ってしまうという環境がある。日本人の働き方が少しずつ変わっているのだから、それを若いときに知っておくことは意味があります。知らない人は全然違いますよ。私は知りませんでしたが(笑)。
ファイナンスの重要性を
早くに知ってほしい
河合 水永さんは、以前から教育に関心があるとおっしゃっていましたが、どういう教育をしたいと考えていますか?
水永 私は、自分がそういう教育を早い時期に受けてこなかったという残念感があります。それで10年くらい損をしている気がしているんですよ。早い時期に気づかせてあげたいですね、学生たちには。多様性をしっかりと受け入れて、自分の意見を主張して、プレゼンテーションのスキルを持って上手に伝えられる。これがどれだけ重要ということを、早い時期に教えてあげる教育が大事ではないかと思います。
河合 まさに私が大学で教えたいと考えていることです。それは大学で勉強できることではない?
水永 やっている子はやっていますね。私たちのころは大学へ行かないことがかっこいいとされていましたが、いまはみんな行っていますからね。就職できないからしっかり通って成績を取らないといけない。一通りの知識については、一流と言われる大学の学生なら持っているような気はします。反対に彼らが持っていないのは、ビジネススクールで学ぶような部分だと思います。教科書がスマートになってはいるけれども、そこから先はない。いくつかの科目はいまだに遅れています。ファイナンスはとくに。
河合 不思議ですよね。答えは決まっているから、ファイナンスは簡単に教えられそうな気がします。一方で、コミュニケーションや組織論は答えが決まっていないところがあるので、先生の能力がはっきりと出てしまうと思います。ある程度までいくと、ディスカッションを必要としますからね。
水永 そうですね。最後まで議論を尽くしても、結論が出ないということもある。ファイナンスは教えやすいからこそ、もっと大学でも教えてほしいですね。もっと言えば、小学校でも中学校でも高校でもいいんです。たとえば、私の友人の泉正人さんは「ファイナンシャルアカデミー」を開催しています。日本人は、大人になるまでにお金に対する教養が全然身についてないと、塾をやっているんですよ。たしかに、日本ではまったく教えてないことですよね。
河合 私は、学生にも自主的に実社会で起きていることから金融を学んでほしいという気持ちがあります。いまの日本の学生が勉強で忙しいかというと、そうではありませよね。英語がハードルにはなりますが、『ファイナンシャルタイムズ』や『エコノミスト』をしっかり読むだけで世界の動きもわかります。それによって自分がどういう決断をするべきかということもわかってくるのではないでしょうか。
水永 就職活動をする子が『日経新聞』を読んでないとか、就職対象企業のバランスシートと株価を見てない子はいっぱいいますよ。会社の理念やプロダクトばかりを見ていて、「バランスシート見た?」と聞くと、「いや、バランスシートがわかりません」と言われてしまう。
この会社は危ないですか、危なくないですかといったときに、定性的なことだけでなく、バランスシートを見ながら、自己資本と借入がどうなっていて、ビジネスがどういうふうに構成されていて、ビジネスモデルがどこにはまっているかを理解する必要があります。「みんながいいって言っているから」では、自己責任で働けません。
河合 そう思います。「銀行だから潰れない」などとは思わずに、銀行も破綻したという過去の経験から少しは学んでほしいですね。
水永 銀行も潰れるんだよ、JALだって潰れるんだよ、という話なんです。「あなたが入ろうとしている銀行は、かつて倒産した銀行とどう違うのかわかっているの?」と聞きたくなります。それはお金の教養の第一歩だと思うんですね。投資ということまで考えたら、小遣い帳とは違う世界があります。それは会社選びにも直結していると思いますよ。株を買うのと、会社をどう選ぶのかはとても近いですね。
河合 会社を選ぶのは一生で一番大きな投資かも知れません。金融の知識は難しいことと考えずに一般教養として身につけてほしいです。
水永 そう思います。ファイナンスと言うと、より専門の、たとえばゴールドマン・サックスの人などがやっているものだと思われてしまっているのは残念です。「He is a finance guy.」と言うじゃないですか、でも、「あなたは違うの?」って思いますよ。
河合 たしかに、デリバティブなどは非常に専門的かもしれませんが、一般的に、たとえばエクイティリサーチ(株式調査)で求められているような会社についての基礎は必要だと思います。先ほどのバランスシートを読まない、読めないというのは残念ですね。そういう私もハーバードの学部ではビジネスや会計学という実学を教えないので、その辺の知識はなく、その必要性もわかっていませんでした。自分の経験もあり、大学生の間にITの知識や法律の知識と共に身につけてほしいと考えています。
水永 その延長の話として、コンサルティング業界と金融業界の両方で働いた経験がある人は限られていますよね。どちらかに分かれてしまっている。コンサルティング会社からウォールストリートには移らない人が圧倒的ですよね。
河合 日本ではコンサルタントは、独立するか、ほかのコンサルティング会社に移るケースが多いですね。パーソナリティが違うのかもしれませんが。
水永 それはあるかもしれませんね。でも、ウォールストリートの人間がコンサル業界に行くこと、これはもう皆無ですよね。銀行からはたまにありますが、投資銀行からはいない。ファイナンスが特別なものではないと理解してもらう必要はあると思います。
河合 水永さん、いろいろなお話をありがとうございました。教育についての思いなど共感することがとても多いのですが、自分の経験、残念と思っている経験も含めて学生にストレートにお話をしてくれるのはとてもありがたいことと思います。成功した方のお話から学ぶことも多くありますが、やはり失敗について話すことも大切ですね。私の本でも苦労や悩んだことなどについて述べましたが、ビジョンを持って頑張ることと、失敗してもそこであきらめないことが、成功の秘訣ではないでしょうか。何か新しいことをすれば失敗することはありますが、そこから学ぶことが大切ではないでしょうか。
水永 私もそう思います。ありがとうございました。