入学した年の第1学期履修科目を見ると(前回参照)、必修科目ではない他学部の「力学の歴史と哲学」を受講していたことがわかる。シュンペーターはさすがに帝室ウィーン大学1年生の秀才だ。まずはエルンスト・マッハに関心を寄せたのだろう。あとの科目は「フェンシング」を除いて、官職に就くための国家試験用の法学と、知識人として必要な哲学史だった。
シュンペーターが第1学期に受講した「力学の歴史と哲学」、教えたのはアロイス・ヘフラー(Alois Hofler)というウィーン大学私講師だった。
私講師(Privatdozent)はドイツ圏に固有の大学教員システムで、無給の講師である。官職や大学教員を目指す若者は大学卒業時までに法学、法制度史、国家学の単位を取得してから国家試験に合格し、博士号を取得し、さらに何年間か勉強を続けてハビリタチオーン(Habilitation)という大学教授資格取得試験を突破する必要があった。たいへんな難関である。
大学教授への苦難の道はまだ続く。教授資格を得ると、私講師として大学で講義を行なうことができるのだが、正教授(Ordentlicher Professor)や助教授(Ausserordentlicher Professor)のような「正職員」ではなく「非正規職員」であるため、帝国政府からの官給はなく、無給であった。
しかし、集まった学生からは聴講料を取ることができたので、魅力的な講義を開くために熾烈な競争があったという。正教授や助教授も学生から聴講料を取ることができたので、競争条件は同じだった。つまり、学生はどの科目も聴講料を徴収されるので、内容本位で講義を購入することになるからだ。
私講師について解説している日本語の文献はあまりない。経済学関係の書物では説明抜きに私講師という言葉を使っているため、なんだかさっぱり意味が通らない文章が多い。
筆者は最近、ようやく明解な解説を探すことができた。その参考文献は、教育社会学者の桜美林大学教授・潮木守一先生の著書『ドイツの大学』(注1)である。本項で述べている私講師に関する説明は本書から得た知識だ。
大科学者マッハとの接点
さて、私講師へフラーによる「力学の歴史と哲学」である。この講義の名称はドイツ語ではこうなっている。
Discussionen zur Geschichte und Philosophie der Mechanik
(auf Grund Philosophischer Originalstellen von Galilei,Newton,D'Alembert,Lagrange,Kirchhoff,Herz,
sowie der Geschichte von Duhring und Mach)