「他行からの借入の可能性はありますか」と鈴木が尋ねた。

「一通り当たりましたが、どこもつれない返事です。皆、メインバンクの支援状況を気にしています」

「それでは、当社の収益改善の取り組みについて、改めて銀行へ説明する資料を作成しよう。リーさんと健太で作業してくれますか。分析は健太が行って、それを資料に反映する作業をリーさんにお願いします」

 健太とリーは頷いた。

「他にありますか」とスティーブが一同を見回した。

 麻理が発言を求めた。

「クランクケースの生産設備をサプライヤーのフーナンに売却し、アウトソースする件の検討を急いではいかがでしょうか。設備の売却代金は資金繰りの改善に貢献するはずですし、フーナンからの提案では、調達価格が自社生産よりも10パーセントほど減少する見込みです」

「チョウさんとウェイさんはどう思いますか」とスティーブが意見を求めた。

 すかさずウェイが「私が話したところ、フーナンは前向きに検討してくれている。ぜひ前に進めてはどうだろう」と、自らの手柄だと強調するように発言した。

 続いてチョウが答えた。

「私も賛成です。他の数社が消極的な中、フーナンだけが前向きに検討しています。まだ詳しい条件は詰めていませんが、一定の調達量を確約することで、価格と生産設備の支払い時期を交渉可能だと思います。こちらの想定では、売却金額は3000万元(約5億1000万円)程度になる見込みなので、その支払いを今月と来月の分割払いにしてもらうと、3週間ほど時間の猶予ができるはずです」

「それでは、至急フーナンとの合意に向けて動いてください」

 スティーブが本件も承認し、最後に締めくくった。

「他になければ、本日の会議はこれで終了とします。必要なアクションを速やかに取って、明朝の会議で報告してください」

調達責任者ウェイへの疑惑

 健太は会議室を出ていく鈴木を捕まえて、2人きりになったのを確認してから尋ねた。

「資材紛失の件ですが、誰の仕業かわかっているのですか」

「確証はないけど、個人的にはウェイが何らかの形で関わっていると見ている。ウェイには好ましくない噂が飛び交っているんだ。サプライヤーに便宜を図る代わりにキックバックをもらっているという類のね。前職の電機部品メーカーでも、彼は調達の責任者だったが、それが発覚して退職したと聞いている。今回発覚した在庫の不足については、搬入時の確認があるから不正はできないとしても、その一部を倉庫から無断で持ち出してサプライヤーに戻していることは想定できる」

「納入数量を少なめにして、納入金額は変えないから、当然サプライヤーは儲かりますね。それをサプライヤーと折半していたわけですか。そもそも、なぜそんな人が当社の調達責任者に就任したんですか」

「私が赴任する前の話なので詳しくはわからないが、株主である地方政府の意向だと聞いている。そこにはウェイの長年の友人がいるらしい。ウェイが前職を退職したとき、その高官に依頼して仕事をあてがってもらったという話だ。ウェイは前職で付き合っていたサプライヤーと、今でも親密な関係を維持しているようだ」

「なるほど。だから支払い期限の延長についても、サプライヤーへの通告が遅れているんですね。今日の会議でスティーブがウェイに釘を刺したのも、そういう背景があったんですね」

「そうだと思うよ。ただ、確証がないから迂闊なことはできない。当面は普段通りに接しておこう」

「わかりました」