スティーブン・ナギ
国際基督教大学准教授。1971年カナダ生まれ。2004年早稲田大学大学院アジア太平洋研究科修士課程(国際関係)修了、2009年同博士課程修了。2007年早稲田大学アジア太平洋研究科のリサーチ・アソシエイト、2009年香港中文大学日本研究学科助教授に就任、2014年より現職。早稲田大学「アジア地域統合のための世界的人材育成拠点」シニアフェロー、香港中文大学香港アジア太平洋研究所国際問題研究センター研究員を兼任。研究テーマは北東アジアの国際関係、日中関係、アジアの地域統合及び地域主義、非伝統的安全保障、人間安全保障、移民及び入国管理政策。

 一方で政府側は、安保法制の制約や目的などを国民にうまく伝えられなかった事で、デモ参加者や法案反対者に燃料を与えてしまう結果となった。現政権の保守的な資質と、アメリカが造った戦後レジームの打倒に強い関心を内包する歴史修正主義的傾向(*1)を背景に、安保法制のメッセージはかなり複雑だった。

 反対者、もしくは私が「平和絶対主義者」と呼んでいる人々は、安保法制のための憲法の再解釈は憲法違反であり、再解釈を支持するどのような議論も認めようとはせず、拒絶すると主張していた。と同時に、彼らは現実から切り離されているようにも見えた。彼らの自由、繁栄、戦後の経済発展、安全などは、アメリカ軍による世界的な軍事力と安定的なエネルギー確保、日本の輸出入などの上に成立している平和憲法と、密接な関係があるからだ。もし日米同盟がなかったらどうだろう? 日本は本当に平和主義者の姿勢を保っていられるだろうか。これらの重要な疑問は、夜間集会の喧噪のうちに消し去られてしまった。

 平和絶対主義者とは対照的に、安倍政権は「集団的自衛権改革絶対主義者」を代表していた。憲法9条の改正に必要な議席数を衆参両院で得ることは、国民投票で勝つのと同じくらいに極めて可能性が低いと理解したうえで、安倍首相は過去の首相たちが辿った道につき従い、そして彼の与党の目的に合わせて憲法を解釈し直すことにした(*2)。安倍首相は、公明党と3つの小政党から理解を得ることで、地理的な制限や関連法案、自衛隊派遣のための国会承認などで他の野党とは妥協することなく、法案を可決した。また中道的な見方を代表する維新の党の提案は、与党案とほぼオーバーラップするにもかかわらず、すべて却下された。

(*1)『新しい国へ:美しい国へ 完全版』安倍晋三 2013 東京:文芸春秋
(*2)『安倍政権の裏の顔「攻防 集団的自衛権」ドキュメント』朝日新聞政治部取材班 2015.9.15 東京:講談社

アベノミクスには
合理的な議論が必要だ

 アベノミクスは、賛成者と反対者という厳しい二極化を作り出している。アベノミクスを歓迎するのは、経団連や、観光業を含む輸出志向の企業だ。TPP大筋合意は、日本の人口動態と競争上の優位性を考慮に入れたうえで、より持続可能な経済モデルにつながる、強固な経済圏の形成を目指す。反対者は、インフレターゲットを達成していない、むしろ国民にとっては給与が上がらないまま物価が上昇しており、アベノミクスは失敗だと非難している。

 微妙な見方をともなう合理的な声は、「両極」の絶対主義者による喧噪にかき消されそうになりながらも、「三本の矢は、矢ではなく針であり、束ね直すべきだ」とする(参考動画)。中間的見方の議論は、名目GDP、長期化する中東からの原油価格低下の要因、中国経済の減速、日本の人口減少などが焦点になっているが、アベノミクスが成功か失敗かについてのもっと微妙な視点を取り入れる必要がある。とはいえ、世界的な潮流から隔絶されたような、凝り固まった考え方をする高齢者や富裕層の現状維持思考を変え、根深いデフレを反転させることは本当に難しい課題だ。