リーダーが「絶対に変えてはならないこと」

2度目の危機は、東日本大震災でした。
原発事故による放射能汚染が稲わらに広がり、それを餌にする高級牛の買い控えが起きたのです。高級牛を主力商品とする柿安本店にとっては大打撃でした。

しかし、ここでも同社は、後ろ向きになることなく、いち早く被害対策を講じました。「いまは、サラダを扱う惣菜事業や、牛肉を扱わないレストラン事業などをブラッシュアップするときだ」と方針を定め、ショッピングセンターを中心に和菓子店を一気に出店するなど、店舗開発にも積極的に打って出たのです。

このようにして同社は、本来なら赤字になってもおかしくない2度の危機を黒字で乗り越えました。

それにしても、惣菜や和菓子などの事業を展開し、多角化経営に舵を切ることに葛藤はなかったのでしょうか?
そして、なぜ従業員たちは、リーダーが下したこれらの決断についてくることができたのでしょうか?―それがまず私に浮かんだ疑問でした。

創業から140年以上を経ている同社には、「伝統と革新」という言葉があります。伝統とは当然、明治4年から受け継がれてきた暖簾に込められた歴史であり、革新とは、つねに新しいことに挑戦しようという未来に対する姿勢です。

柿安の6代目代表取締役社長である赤塚保正さんは、先代から社長を引き継ぐときに、こんなことを言われたそうです。

「これだけ世の中の変化が激しい時代なのだから、変えたいことはすべて変えればいい。ただし、1つだけ絶対に変えてはいけないものがある。それは柿安の経営理念だ」