課長が会社に大きな損害を被らせたケース
課長の初動対応が原因で労働問題が深刻化したケースを2つ紹介します。まず、課長がマネジメントを怠ったせいで、会社が訴えられたケース「東芝(うつ病・解雇)事件」(最高裁二小 平成26年3月24日判決)です。
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元社員の女性は、うつ病に罹患していたことを会社に報告しませんでした。
課長は、女性をあるプロジェクトのリーダーに任命し、叱咤激励しました。
心身ともに疲弊した女性は、長期間の休職に至ります。
その後、会社は、休職期間満了によりこの女性を解雇しました。
女性は「うつ病の原因は過重労働にあり労災だから解雇は無効だ」
と会社を提訴。
そして、高裁で解雇の無効が確定します。
しかし高裁は、うつ病の罹患を報告しなかった女性にも落ち度があると判断。
損害額の2割を減じました(これを過失相殺といいます)。
そこで、うつ病罹患の未報告が過失相殺の理由となるのかが、
最高裁で争われました。
最高裁は、次のように判断し、過失相殺を否定したのです。
「本人からうつ病である旨の報告がなくても、課長が部下の様子を見て、
業務の負荷を軽減するなどの適切な措置を取るべきだった」
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この女性社員が辛そうにしていたとき、課長は、女性社員がうつ病だということを知りませんでした。本人は心療内科に通っていましたが、上司には告げていなかったのです。
会社は「もしうつ病だと聞いていたらもっと配慮していた。ただ体調が悪いだけだと思ったので仕事を任せた」と主張しました。実際、うつ病だとわかった後は仕事の負荷を軽減していました。それでも裁判所は、「うつ病であるとの認識がなくても、当初より配慮すべきだった」と結論づけたのです――。
原則として、労働事件における原告は労働者、被告は会社です。しかしこの事例のように、「いつ」「どこで」「誰が」「何を」したかという中で、「誰が」に当たるのは、現場の最前線に立つ課長であるケースが多いのが事実です。課長の一挙手一投足が会社の責任に直結し、会社に多額の損害賠償責任を負わせることになり得るのです。
課長自身が「被告」になったケース
会社と課長が共同被告として訴えられる事案もありました。
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ある工場で事故が発生し、社員がケガをしました。
社員は「膝が痛いからこの仕事はできないと言ったのに、
課長が無理やりやらせたからケガをした」と主張し、
課長個人と会社の両者を被告として訴えたのです。
損害賠償の支払能力などを考えれば、
普通に会社だけを訴えればよいものを、この社員は、
課長に対して個人的な恨みをもっていたため、
嫌がらせもこめて共同被告にしたのです。
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名指しで訴えられたときの痛手は計りしれません。出廷を求められたり、資料や書類を用意したりと時間を費やされるだけでなく、訴状に被告として自分の名前が記載される精神的ダメージは大きなものです。
会社の顧問弁護士が課長個人の代理人を行う例もありますが、課長と会社との間で何らかのトラブルがある場合は、弁護士費用を自腹で捻出しなければならないケースもあるでしょう。
この事件の課長は、「なぜ私が被告にならなければいけないのか」と嘆いていました。結局、裁判所は課長の責任は否定しましたが、結論が出るまでの約2年間、この課長の心痛は続いたのです。
(※本記事では事例を中心にお伝えしていますが、書籍では具体的な「打開策」や「予防策」を詳しく解説しています。ぜひ、ご覧ください)
『労政時報』や『労務事情』など人事労務の専門誌に数多くの寄稿があり、労働関係セミナーも多数手掛ける。共著に『管理職トラブル対策の実務と法 労働専門弁護士が教示する実践ノウハウ』(民事法研究会)、『65歳雇用時代の中・高年齢層処遇の実務』『新版 新・労働法実務相談(第2版)』(ともに労務行政研究所)がある。