アドラーへの誤解を
解きたいという思い

──さて、その『嫌われる勇気』の続編にして「勇気の二部作」完結編に当たる『幸せになる勇気』がついに刊行されました。まずはこの本を出した理由を教えて下さい。

『嫌われる勇気』が地図なら、<br />『幸せになる勇気』はコンパスである

古賀『嫌われる勇気』を書いていたときには続編の構想はなく、この1冊にすべてを出しつくそうと思っていました。ですが実際に『嫌われる勇気』が出て、多くの方に読まれるようになると、アドラーを誤解している人、その誤解された文脈のなかでアドラーをビジネス的に利用する人などが目に入るようになってきました。また、アドラーが「ブーム」だと言われることも気になっていました。ブームが過ぎたとき、「そういえば3年前にアドラー流行ってたよね」「まだアドラーなんて言ってるの?」という状況になるのは、どうしても避けたかったのです。一過性のブームではなく、しっかり残したいというのが『幸せになる勇気』を書こうと思った動機ですね。

岸見 逆説的な言い方をすると「アドラーブームに終止符を打つための本」ということでしょうか。ブームのなかで、それまでアドラーのアの字も言っていなかった人が「アドラーは〜」となってきました。それは普及してきたことの証左でもあるのですが、やはりずいぶん誤解されているという思いが強くなりました。アドラーの理論は比較的シンプルですし、そこで語られている技法はとてもパワフルです。とくに小さな子どもとの関わりで「これは使える」と感じる場面は多いはずです。そこはもちろんアドラー思想の優れているところなのですが、非常に危ない部分でもあります。子どもであれ部下であれ、他者を操作・支配するためにアドラー心理学が使えると思っている方には、アドラーが本当に伝えたかったのはそういうことではないと知ってほしいのです。それが『幸せになる勇気』を出した理由です。