なぜシャープは、あれほど好調だった液晶テレビで敗れ去ったのか? 

 IoT(モノのインターネット)化が進行し、非IT分野にもムーアの法則が浸蝕していくいま、あらゆるものは倍々で進歩し、年々安くなる。そんな残酷なほどに変化のスピードを上げていく世界では、イノベーションを起こしつづけられない企業は追いぬかれて陳腐化され、すべてがすぐに「負債」と化すのだ。シャープが陥った苦境を、アジアの事例に詳しい2人はこう見る。

 プレミアムな価格は、社会的、文化的ミーム(人から人へとコピーされる情報)のステイタスを反映する。iPadやプリウス、アンダーアーマー(スポーツ用品ブランド)を考えてみればわかりやすいだろう。破壊的製品と敗者の製品が設定する“価格の差”は、双方の“質の差”以上に大きいのだ。

 その教訓が最も端的に現れたのが、競争の激しい薄型液晶テレビ市場だろう。かつて消費者は、最先端の大画面ディスプレイにプレミアムな価格を支払った。ところが、基本部品技術が進化すると、ハイエンドなブランド品と低価格な製品との差異を、消費者は見出せなくなった。どちらも同じサードパーティの同じ部品を用いているからである。そして、現在ではサムスンとLGが市場を独占し、シャープやソニー、パナソニックといった、長くこの業界に君臨してきた企業を追い落としたのである。

 ソニーとパナソニックは生産縮小を余儀なくされたが、とりわけ悲惨なのがシャープである。2008年から2012年のあいだに、シャープの液晶テレビの売上げは39%も下落した。2012年に創立100周年を祝ったシャープは、その年の前半に株価が70%も暴落している。(同212ページ)

「次のシャープ」にならないための残酷なルール

 では、どうすれば「次のシャープ」にならずに済むのか。そのルールとは、大企業であってもベンチャーのようにリーンな運営を採用することであり、何よりも、「自社のコア資産を負債化する前に売り払うこと」だという。

 2人によると、その「資産」が意味するところは、「在庫」の処分にとどまらないという。「処分が必要なのは在庫だけではない。工場や設備、あるいは戦略上不要になり、市場の縮小に伴って価値を失う恐れのある資産も早急に処分しなければならない。顧客が次の破壊的製品やサービスに殺到すると、コア資産でさえ急速に価値を失い、容赦なく負債化する」(同251ページ)からだ。

 しかしながら、自社の資産については冷徹に再評価する必要がある。つい数ヵ月前か数週間前までは競合に勝つための強みだった資産も、もはや足枷になるからだ。その事実に気づくのが早ければ早いほど、資産を高く処分できる。

 売却相手には、次のふたつが考えられる。ひとつは、タイミングを見極める能力に劣った同じ業界の競合であり、もうひとつは、購入した資産を新たな方法で活用する、別の業界の買い手である。後者は、手に入れた資産をうまく組み合わせ直して活用し、新たな破壊的製品かサービスを生み出す可能性がある。

 これまで上場企業の最高財務責任者(CFO)の優劣は、顧客のニーズを満たすために必要となる、最適な資源の調達能力で判断されてきた。とはいえ、それらの資源を売却して、最大の利益をあげることに秀でたCFOはほとんどいない。だが、破壊的製品やサービスの短いライフスパンとビッグクランチの厳しい現実とを考えたとき、たとえ成功した市場実験であっても、最終的に純利益を生むかどうかを分けるのは、手元に残った資産を売却して最大の利益をあげられるCFOの能力かもしれない。(同252-253ページ)

 つまりシャープの運命を分けたのは、あの液晶テレビの全盛期に、コア資産――それは堺工場だけではなく、亀山工場も含むかもしれない――の価値を冷徹に見極め、場合によっては、次なるイノベーションのために処分することだったのかもしれない。(構成:編集部 廣畑達也)

次回は、エアビーアンドビー(Airbnb)をもう少しで破滅に追いやるところだった「爆発的成功が首を絞める」事態ついて検証する。3月10日公開予定。