私が最後に会ったのはイータン・バー博士という、痩せてはいるが強靭そうで、ものに取りつかれたような、ネゲヴ・ベン=グリオン大学の環境工学教授だった。彼は旱魃と闘う新しい方法の特許を取ったばかりで、その方法は一見するとあまりに革命的(かつ、利益志向)に思えたので、この年もっとも降雨量の多い日となるその日、私たちはテルアヴィヴ・シェラトン・ホテルのロビーで会った。博士は、イツハク・ガーショノウィッツとリーヴァイ・ウィーナーという、2人のマーケティング担当者を連れていた。ほとんど開口一番、「ご承知のとおり、必要は発明の母ですから」とウィーナーは言った。

 バー博士は深く腰掛け、自分の発明品の仕組みを熱っぽく説明した。「空気中の水分を捕まえて水に変えます。このプロセスは聖書の時代にさえ知られていました」。冬の初めにユダヤ人は「テフィラト・ゲシェム」という雨乞いの祈りを唱えた。だが、乾季の初めの過越祭(すぎこしのまつり)のときには、「テフィラト・タル」という露を乞う祈りを唱えた。露は神からの贈り物と考えられていたからだ。「イスラエル南部では、空気中の水分が凝縮した露に、灌漑をすべて頼っていた古代の畑が見られます」とバー博士は続けた。

地球が二酸化炭素の影響を受けていることを信じる人もいれば、信じない人もいるでしょうが、つまるところ、気温はしだいに上昇しており、そこからは2つのことが言えます。水温が上がっているので、海からの蒸発が増えること。そして、気温が上がっているために地球の湿気が凝結できないことです」。かつては「1年365日、ほぼ毎日のように雨が降っていた」熱帯の国々では、雨季にはもはやそれほど雨が降らなくなってしまった。「まるで、スモッグの中を歩きまわっているようなものです。湿気はあるのですが、雨が降らないから。こうした事実は誰もが知っています」

 バー博士は、自分の考案した箱が古代の神のようにこの問題を解決する、と言う。空気を吸い込んで水を吐き出すのだそうだ。博士は手順を概説してくれた。まず、乾燥剤の表面を通過するように空気を吸い込む。すると乾燥剤は、水蒸気は吸収するが、汚染物質は吸収しない。次に乾燥剤を熱し、前よりずっと少ない空気の入った容器の中に水分を発散させる。最後に熱を取り除き、先ほどの過程で再利用する。水蒸気は冷めて凝結する。「それだけの話です」と博士は言った。「じつにシンプルです。単純そのものです。これは、空気から水を濾し取るフィルターです。それだけのことですよ」。あとは出資者さえ見つければいいそうだ。

「先ほどリーヴァイは、必要は発明の母と言いました」と彼は続けた。「けれど私は……」

「そうは思わないのですか?」とガーショノウィッツが尋ねた。

「そう、そうとは思わない」とバー博士が答えた。「市場のニーズこそが発明の母だと私は思います。もし市場があるとすれば、それは水の市場です。自然はわれわれの味方をしてくれています。われわれにとって、自然こそが最高のPRです。なぜかと言えば、水がないからです! キプロスをご覧なさい。ギリシアでも同じです。コートジヴォアールでは、もう雨が降りません。それも、砂漠地方のことを言っているのではないですよ。以前はたっぷり水があった場所のことを言っているのです」。ガーショノウィッツとウィーナーが熱心にうなずく。

「2020年には」とバー博士は続けた。「世界の人口のおよそ3分の1が、淡水をしっかり確保して利用することができなくなります。世界の水の消費量は1日1人当たり50リットルから100リットルです。ですから不足人口を考えて、それを25億倍してみてください! それだけ必要になるのです。潜在的市場は、と訊くのなら、それがその潜在的市場なのです!(116-119ページ)


 水を人工的につくりだす技術には、人工雪製造機であろうと、海水淡水化装置であろうと、莫大なお金(と電力)がかかる。そんなお金を、本当に世界じゅうの人たちが(貧しい地域に暮らす人たちも)支払えるのだろうか。『地球を「売り物」にする人たち』で、マッケンジー・ファンクは、丁寧に事実を述べた後、さりげなくこう指摘することを忘れない。

 それほどの代償を払うにもかかわらず、淡水化が世界を救いうると主張する人は誰もいない。また、どんな人工雪製造機であれ、世界の全氷河を救うことはできない。淡水化や人工雪製造機が救いうるのは豊かな地域だけであり、世界の残りは悲惨な運命を免れえないのだ。(同112-113ページ)

次回は、地球温暖化で新たに生まれる「農地」を狙うウォール街のハゲタカたちの動向を追う。3月18日公開予定。(構成:編集部 廣畑達也)