「人間性の成長」が経営を伸ばす

   話は戻りますが、本田さんが言う「欲と二人連れ」というのは本当に正しいのか、少し疑問にも思いました。「欲と二人連れ」でダイナミックに経営をすると、たいへんうまくいくように見えるけれども、それは一時的なものでしかなく、どこかでうまくいかなくなるのではないかと思っていました。しかしその後に、はっと目が覚める出来事がありました。

 創業以来、京都銀行が当社の主力銀行だったのですが、ある都市銀行からも取引をしたいとアプローチされたことがありました。そのとき私は、そんな簡単に取引を始めるというのもどうだろうかと考えていました。とかく風評では、銀行というものは経営に余裕があるときにはお金を貸してあげようと言うけれども、いざというときに貸してくれない。つまり晴れの日には傘を貸してやろうと言うし、雨が降ると傘をもっていってしまうようなものだ、とよく聞いていましたので、少し警戒をしていたのです。

 京セラの経営状態が良い今は取引をしようとおっしゃるのだけれども、悪くなったときには面倒を見てくれない、そんな銀行とつき合っても意味がない。だからつき合いを始めるには、銀行のトップがもっている哲学が重要だ、と考えた私は、支店長に「おたくの銀行のトップにお目に掛からせてもらって、納得がいけばつき合いをしようと思います」とお伝えしました。今になって思えば、生意気なことを言ったものです。そうしましたら、その都市銀行の頭取に本店でお目に掛かることになりました。

 その頭取は財界でも有名で、私は以前からご著書にも触れ、たいへん立派な方だと思っていましたので、勇躍、面会に行きました。ところがその頭取は出てこられるや否や、「稲盛さん、今日は私があなたに面接を受けるのだそうですね」と、皮肉をガツンと言われました。まだ私も若かったものですから、「そんなつもりではないのですが、御社とおつき合いを始める前に、そのトップがもっていらっしゃる哲学がどんなものなのかということを、まずお伺いしたいのです」と、率直に申し上げました。

「それでは、あなたはどういう哲学をもっているのですか」と言われたので、西枝さんから教わった、人間性こそが最も大事だという話を若干しましたら、「あなたは老人みたいなことを言うのですね。まだ三〇代前半とお若いのだから、そんなことを言ってはいけませんよ。私も今は年をとったからそういう話もわかりますが、若い頃はもっと泥臭い人間でした。あの有名な松下幸之助さんも、若い頃はもっとぎらぎらと脂ぎった人でしたよ」と、言われたのです。