しかし、3年間かけて、じっくりと議論ができるならば、国民の理解を次第に得ることができるかもしれないではないか。憲法改正は超党派で議論すべきであり、9条改正から始めるのではなく、公明党や民進党の保守系議員も乗れる「新しい人権」や参院改革、地方主権、道州制など「行政改革」を進めるための「加憲」から入ればいいのだ。

「加憲」とは、憲法制定時に想定されていなかった「環境権」「プライバシー権」「知る権利」「知的財産権」「犯罪被害者の権利」など「新しいタイプの基本的人権」を追加することである。その必要性は非常に高まっているといえる。例えば、LGBTの権利保障の問題である。

 LGBTとは、レズビアン(女性同性愛者)、ゲイ(男性同性愛者)、バイセクシュアル(両性愛者)、トランスジェンダー(心と体の性の不一致)の頭文字をとった総称である。LGBTの人たちの権利保障の動きは、日本を含め世界的に高まっているが、それには憲法改正が必要だという指摘がある。

 憲法24条は「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」と規定している。ここでいう「両性」とは、常識的に考えて「男性と女性」を指すと考えるべきである。だから、同性婚がLGBTの人たちの権利を守るために必要であれば、まず憲法改正するのが筋だということだ(竹井善昭「『同性愛は個人的趣味』で炎上の小林ゆみ区議をあえて擁護してみる」)。

 このような「新しい人権」の加憲について、社民党、共産党は「護憲」の立場から反対しているが、それは率直にいっておかしな態度だ。社民・共産は憲法改正を除けば、新しい人権自体には賛成のはずだからだ。9条については解釈改憲を許さないというが、一方で「新しい人権」は解釈改憲でいいというのなら、あまりに都合がいい、いい加減な姿勢ではないだろうか。

 筆者は、「新しい人権」の加憲を9条改正より先に始めることは、仮に安倍自民党が軍拡路線に走った時の「歯止め」の機能を果たすことになると考える。平和を守るための改憲である。だから、野党は改憲論議から逃げないで、積極的に参加してほしいものだ。

 一方。安倍首相にとっても、「新しい人権」の導入に取り組むことは、憲法改正に対する国民のアレルギーを弱めることになる。悲願である9条改正にも、国民が聞く耳を持ってくれるようになるかもしれない。要は、どういう方向の改憲になるかは、与野党の競争なのである。

 そして3年後、2019年7月に再度同日選をやればいいのではないだろうか。安倍首相が衆参3分の2の改憲勢力を目指すのもいいし、野党が政権交代を目指すのもいいのではないだろうか。