現行の改革案では給付額の下がり方が緩やかで
世代間不公平はほとんど解決されない

 私は素人ですが、この案は、とても良い案にみえます。それにもかかわらず、制度をその方向に動かせなかったのですか。なぜ2001年から提案されているのに…。

井堀 やはり、移行期に発生する“二重の負担”がタブー視されたんですよね。既裁定の年金も3割程度引き下げないと、700兆円規模の積立金不足を処理しきれません。この巨額の積立金不足を明示的に処理することが、高齢者の反発を招くので、政治的には難しいのです。

 いまも一番望ましい年金改革案は個人勘定積立方式だと考えていますが、いろいろ問題があって実現が難しいというので、次善策として本書でも紹介したのが、子ども世代の保険料を自分の親に限定して給付するという個人勘定の賦課方式です。

 この個人勘定の賦課方式であれば、積立方式への移行と違って“二重の負担”が発生しません。今の年金制度のものと、マクロ間の資産移転をミクロ間に変えるだけで実現できます。ただし、ミクロ間であっても、自分の子どもが払う保険料より親がもらう給付のほうがはるかに大きいので、そのバランスをどうとるのか、現状を「見える化」することで妥協点も探れるかもしれません。

 現在、基礎年金の財源の半分は消費税ですが、これを止めると親世代への給付は今の五分の一ぐらいに減ってしまいます。それだけ財政的に無理をして公的年金給付を維持しているということも意味しているので、直視しなければいけない問題ではあります。

年金・医療費を親子間で相互扶助する抜本策など<br />抜本改革は“イベント“効果を機に前進させる<br />【翁邦雄×井堀利宏 対談後編】翁邦雄(おきな・くにお)プロフィル/京都大学公共政策大学院教授。1974年東京大学経済学部卒業。同年、日本銀行入行。シカゴ大学Ph.D.(Economics)取得。日本銀行金融研究所長を経て、2009年4月より現職。専門は金融論、金融政策論、国際金融論。『期待と投機の経済分析ーー「バブル」現象と為替レート』(東洋経済新報社、1985年、日経図書文化賞受賞)、『ポスト・マネタリズムの金融政策』(日本経済新聞出版社、2011年)、『日本銀行』(ちくま新書、2013年)など著書多数。近著に『経済の大転換と日本銀行』(岩波書店、2015年)。 【写真:住友一俊】

 私は、次善策といわれた個人勘定賦課方式より、むしろ個人勘定積立方式への切り替えのほうが現実味がある、という印象をもちました。個人勘定賦課方式を思考実験として検討してみることは問題の本質を理解するうえで非常に有効で、教育的効果もあるだろうし、なるほどと思う点は多かったのですが、しかし、実際に導入する際の議論を想定すると、たとえば、本書でも触れられている親子関係の濃淡、子どもがいない人の心情的反発等、さまざまな利害対立があからさまになりそうで、政治的にも難しいと思いました。

 ところで、いずれの案にも反発が大きい中で、多くの人がサポートする案はあるのですか。

井堀 それが、現行の賦課方式を徐々にスリム化していくという案なんですね。たとえば支給開始年齢を徐々に上げていくほか、給付水準を少しずつ下げることを通じて年金制度の規模を縮小する。

 来年2017年からは、2004年に決まった年金改革が本格的に始まる予定です。来年以降は、保険料率をこれ以上引き上げないことになっています。したがって、給付水準を引き下げざるを得なくなります。つまり、マクロスライド方式によって年金の給付水準を実質的に徐々に下げていくことになっています。足りなくなる分は、個人勘定積立方式と同じ発想で各自の自発的な運用などによって将来に備えて下さいという趣旨で、近年はNISAなどの制度が整備されてきているわけです。