ビジネスパーソンなら知っておきたい「交渉」のテクニック。連載最終回の今日は、交渉をうまく進めるために必要な論理以外の要素について解説します。舛添都知事に教えてあげたい、無視できないポイントとは?
論理では解決できないこともある
「相手にもメリットのある話なのに、なぜか合意できない…」
ここまでの連載では、「論点」「関係者」「BATNA(バトナ)」などを取り上げ、交渉を構造的に捉えることをおすすめしてきました。
でも、交渉は、つねに論理で解決できるとはかぎりません。
こちらは誠実に対応しているつもりであり、提案している内容も決して一方的なものではなく、相手にとっても有益な部分を含んでいるのに合意できない…。
そんなときは、交渉の初期対応で、ボタンの掛け違いがあって、相手が気分を害してしまっている可能性があります。
一般に、交渉ごとで相手に働きかけるとき、「利害」「規範」「感情」の3つの要素に分けて考えることができます。
最終的には、3つのうちどれを決め手にしてもよいのですが、少なくとも感情面の行き違いは、初めの段階でクリアしておかねばなりません。
相手の感情を落ち着かせないまま交渉を進めると、解決が遠のいてしまうのです。
舛添都知事はなぜ失敗したか
最近では、舛添都知事の疑惑に対する弁明の例が挙げられます。
政治資金の処理について、「違法ではない」といくら説明しても、そしてそれが法律論としては仮に正しいとしても、批判の声はなかなかおさまりません。
疑惑が発生した初期の説明に不信感が生じており、これを解消できていないからです。
それでは、相手の感情を、交渉に対して前向きなものにしていくには、どんな点に配慮するとよいのでしょうか。
『新ハーバード流交渉術』(フィッシャー、シャピロ著)によれば、感情が生まれる原因には、
(1)価値理解 (自分の考え方によい点があると認められたい)
(2)つながり (仲間として扱われたい)
(3)自立性 (自分の意思決定を尊重されたい)
(4)ステータス (自分の地位がふさわしいと認められたい)
(5)役割 (自分の役割と活動内容に満足したい)
という「五つの核心的欲求」があり、これらを適切に満たしていくことが望ましいとされています。
満たしていく際には、
・他の似た事例とくらべて公平であること
・だましやごまかしがなく正直だと感じられること
・その時の状況に合ったものであること
という観点からチェックが必要です。
舛添都知事の場合、初期の疑惑である、飛行機のファーストクラスや高級ホテルのスイートルーム等の出張費支出問題において、「他の首長等の支出とくらべて高すぎるのでは(公平さ)」や、「本当に適切な目的のための使用なのか(正直さ)」といった点で不信感が生じ、これを解決できていない点が尾を引いたといえそうです。
このような感情面の行き違いの他にも、たとえば最初にインプットされた情報に引きずられてしまう「認知バイアス」や、ついつい相手に勝とうとしてしまう「心理的バイアス」など、交渉において冷静な判断を妨げる要素が数多く存在します。
これらが意思決定に与える影響はとても強く、簡単に排除するような特効薬はありませんが、まずはその存在をよく知って、あらかじめ対応を考えておきたいものです。
拙著『グロービスMBAで教えている 交渉術の基本 ――7つのストーリーで学ぶ世界標準のテクニック』(グロービス著)では、ウェブサイト制作で急な仕様変更を言い出す顧客への対応や、地域開発プロジェクトを仕掛ける鉄道会社とコンサルティング会社との議論などのストーリーを通じて、こうしたバイアスが交渉に与える影響とその対応方法を解説しています。
最初にこじれた感情について、もっと真剣に受け止め、真摯に対応していたら…。舛添都知事の進退も変わったものになったかもしれません。