ビジョンにふさわしい言葉は何か

あのリーダーは「がんばれ」をどう言い換える?<br />入山章栄×藤沢久美 特別対談【後編】藤沢久美(ふじさわ・くみ)
シンクタンク・ソフィアバンク代表
大学卒業後、国内外の投資運用会社勤務を経て、1996年に日本初の投資信託評価会社を起業。同社を世界的格付け会社スタンダード&プアーズに売却後、2000年にシンクタンク・ソフィアバンクの設立に参画。2013年、代表に就任。そのほか、静岡銀行、豊田通商などの企業の社外取締役、文部科学省参与、各種省庁審議会の委員などを務める。
15年以上にわたり1000人を超えるトップリーダーに取材。大手からベンチャーまで、成長企業のリーダーたちに学ぶ「リーダー観察」をライフワークとしている。
著書に『なぜ、御用聞きビジネスが伸びているのか』『最高のリーダーは何もしない』(以上、ダイヤモンド社)など多数。

【藤沢】ビジョンを伝える言葉については、どういう点が重要だと思いますか?経営学の世界では研究が進んでいたりするんでしょうか?

【入山】経営理念などの言葉や表現の研究はまだ十分とは言えません。『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社)でも、ビジョン中で使われている言葉を統計分析した研究について少し触れていますが、そこでも「イメージ型の言葉」を使うべきだと言われています。つまり、何からの「映像」を脳内に喚起するような単語ですね。
人間はイメージで物事を捉えるので、抽象的な言葉ではなかなかアクションにつながらない。だから、「がんばれ」→「汗をかけ」、「元にある」→「根っこにある」といったような言い換えが、リーダーには必要になるんだと思います。
男子サッカー日本代表監督の手倉森誠さんと対談したときに聞いたんですが、彼も「パスを出せ」ではなく、「ボールを運べ」と言うようにしているそうです。

【藤沢】スポーツのリーダーシップの場合、言葉の選び方はとくに重要ですよね。元陸上選手の為末大さんも、言葉遣いに配慮しているとおっしゃっていました。スポーツ用語は外来語が多いので、日本人にはイメージがつかみにくい。短距離走のときに、足を上げ下げすることを英語では「push/pull」と表現するそうです。英語のネイティブは、その語のニュアンスを汲み取って身体を動かせるけれど、日本人はなかなかそれができない。だから、日本人に指導するときには「プッシュしろ」ではなく、日本人の生活や歩き方などの習慣を前提に、「土にもぐれ」とか「体重を乗せて」などと言うと伝わりやすいのだそうです。
イメージって、体感したことじゃないと伝わらないから、経験や体験から出てくることが大事だと思うのです。

【入山】たしかに。経営者はよく、「人生の原体験」という表現をしますね。原体験があるから、ビジョンが出てくる。普通のサラリーマンはそれがないからビジョンを持つのが難しい。LIXILグループでは、人材育成のために万里の長城やモンゴルの草原に幹部を連れていき、そこで「人生を考えろ」と言うそうです。

【藤沢】いいですね~。

【入山】どんな人でも、そんな場所で考えたことって一生忘れないと思うんですよ。モンゴル大草原に広がる満天の星空が頭に浮かんで、「あのとき自分はこう感じたんだよな」といつでも思い出せる。これはただの言葉だけでは難しいですよね。映像を伴った原体験があるからこそ、ビジョンに奥行きが出てくる。

あのリーダーは「がんばれ」をどう言い換える?<br />入山章栄×藤沢久美 特別対談【後編】

【藤沢】人間は感性の生き物でもありますからね。今後は論理的に処理できることはどんどんAI(人工知能)などに置き換わっていくでしょうから、ますます感性的なものが重視されていく気がしています。

【入山】そう思います。僕がすごいと思う経営者の方たちも、「最後は感性・感覚が重要だ」とおっしゃっていて、時代はその方向に動いているなと。

【藤沢】私はシンクタンク・ソフィアバンクの設立に参画したころから、「将来的にはシンクタンクのレポートは、文字やグラフのペーパーではなく、映像になる」と言ってきました。映像のほうが、自分の体験と重ねやすく、より伝わりやすいですからね。

【入山】若い世代でインスタグラムのようなSNSが流行しているのも、そういう背景があるかもしれませんね。テキストよりも写真、論理よりも感性。

【藤沢】グローバル化が進んでいく中で、自動翻訳のような技術は大事なんだけれど、同時に映像のコミュニケーションが必要になってくると思います。リーダーも言葉でビジョンを伝えるだけじゃなくて、映像で伝える時代がやってきているのかもしれません。

【入山】アメリカでビジネススクールの教員をしていていたときに、同僚の教員がよく言っていた話があります。「学生はMBAをとるのはいいけれど、だいたい5年くらい経つとほとんど忘れる。でも、だいたいの人が覚えていることが2つだけある」と言うんです。1つはマイケル・ポーターのファイブフォースとバリューチェーンの理論。もう1つがディスカウントキャッシュフローの計算法です。
なぜかというと、どちらにもよく使われる「図」があるんです。その図が記憶に刻まれているんですよね。

【藤沢】映像記憶だ。

【入山】そう。ポーターの理論って、それほど突飛なことは言っていないんですが、彼はそれを図にまとめる能力が優れている。だからこそ、世界中のビジネスパーソンの頭に残るのです。

【藤沢】そう考えると、漢字ってすごいですよね。だって、文字そのものが画像認識系ですから。英語は文字の組み合わせですが、漢字は文字そのものが意味を表している。

【入山】は~。なるほど。

【藤沢】ひょっとすると、映像で伝えたり理解したりする分野では、日本は強いのかもしれない。